生涯学習研究e事典
 
登録/更新年月日:2008(平成20)年11月10日
 
 

北欧の生涯学習支援 (ほくおうのしょうがいがくしゅうしえん)

lifelong learning support in Nordic Countries
キーワード : 北欧モデル、グルントヴィ、民衆成人教育、民衆高等学校(フォークハイスクール)、スタディー・サークル
澤野由紀子(さわのゆきこ)
2.北欧における民衆成人教育の伝統
 
 
 
 
   北欧諸国には、学歴や資格の取得を直接の目的とするのではなく、人格の全面的発達と批判的思考力を培い、市民社会に積極的に参画する責任ある市民の育成を目的とする民衆成人教育の伝統がある。スカンディナビア語でfolkeopplysning(フォルケオプリュスニング)と表現される民衆成人教育は、より正確には「民衆による自己啓発」というニュアンスがあり、英語など他の言語に翻訳できない言葉であるという。このfolkeopplysningにおいては、すべての人間には発達のための潜在的能力があり、各人は集団的学習活動に参加しながらも、自己の学習の過程をコントロールすべきとされる。そして、人々は、それぞれの人生経験を分かち合い、共通のプロジェクトに取り組むことにより、互いに学び合うことができると考えられている。
 この民衆成人教育の創始者として知られているのが、19世紀デンマークの聖職者、歴史学者、詩人で教育者のニコライ.F.S.グルントヴィ(1783〜1872年)である。グルントヴィは、1830年代に、デンマークの民衆が民主主義社会へ移行していくためには、支配階級のためだけでなく、最貧層である農民のためにも新しいタイプの学校を作り、エリート層と一般民衆の間のギャップを埋めることの必要性を訴える運動を開始した。グルントヴィの構想する新しい学校は、当時の中等教育や高等教育とは異なり、書物や一方的な講義形式による学習ではなく、対話や討論を通しての学習を主体とする「生活のための学校」であった。この運動に啓発された人々によって、1844年には、主として若い世代の成人を対象とする寄宿制の「フォルケホイスコーレ」(デンマーク語、英訳はFolk High Schoolすなわち民衆高等学校)がまずデンマークに創設された。続いて1864年にノルウェー、1868年にスウェーデン、1889年にフィンランドに同様の学校が設置された。その後、アイスランドやグリーンランドなど北欧各地に広まり、現在も北欧全体に約400の民衆高等学校が存在し、北欧全体の青年の約1割が長期コースで学んでいる。
 また、19世紀後半には、各国内に禁酒運動や自由教会運動、労働運動のなかから発展した「学習協会」が組織されはじめた。その後、文化、スポーツ等に関する非営利の学習協会が自発的に生まれた。学習協会の会合に参加することを通して人々は民主主義的集団のなかで協働することを学んでいる。学習協会が運営する学習講座は、通常週1回夜間に開催され、4ヶ月間継続する。共通の関心をもつ人々が、学習協会から若干の助成を受け、特定のテーマについて学ぶスタディ・サークルを組織する場合もある。スタディ・サークル方式は、学習協会における重要な教育方法とみなされている。5人ほどのメンバーがいれば、環境問題や地域の政策などに関するスタディ・サークルを作ることができる。サークルで学んだ知識をもとに、人々が社会に積極的に参画するようになることがねらいである。サークルに講師を招くこともあれば、講師なしに、メンバーのなかからリーダーを選んで学習を進めることもできる。
 毎年、北欧全体で成人のうちの25%が学習協会の活動に参加しているといわれる。最も人気がある学習テーマは、芸術に関する実践的学習や、外国語、コンピュータ関連の学習である。
 
 
 
  参考文献
・清水満(1996)『生のための学校』新評論
・澤野由紀子(1998)「北欧の成人教育」、(財)日本余暇文化振興会『「ヨーロッパにおける成人教育の現状に関する調査研究」実施報告書--余暇の開発と生涯学習に関する海外研修事業--(平成9年度文部省補助事業)』、33-35頁。
 
 
 
 
 



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