登録/更新年月日:2006(平成18)年11月25日 |
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文化芸術は個人の趣味や教養、精神的な満足、生きがいなどに関わるもので、行政が文化振興として、何に対して、どこまで、公的なかかわりを持つべきかがこれまでも常に議論の的となってきた。既に1960年には、アメリカの経済学者ボウモルとボウエンが、芸術にかかる財・サービスは、外部経済性を持ち、準公共財としてみなされるところから、政府は芸術を支援できるし、すべきものだとした。舞台芸術は、金を払って見る人だけにその効用が止まるのではなく、国家に威信を与えたり、ビジネスにメリットをもたらしたりと、社会一般にその恩恵が広がるということを明らかにした。文化芸術の公共性についてはその後も議論され、社会一般に好ましい刺激を与えるとか、存在するだけで価値がある(いつかはそれを消費することができる=オプション価値)、などとも説明される。文化芸術振興基本法でも、文化的環境のなかで生活する喜びの享受は多くの人の願いであること、人々の相互理解に重要であること、国民共通のアイデンティティー認識の基礎になるものであることなどをうたっている。こうしたことからも、文化振興は行政にとっての当然の責務であるとされるが、実務的には、文化芸術のうちのどのような領域をどの水準まで支援すべきなのかについては、行政主体や地域の文化状況によっても大きく異なってこざるをえず、必ずしも明瞭になっているとは言えない。 またこのことに関係して、文化振興行政についての政策評価の仕組みが構築されていないという課題もある。文化ということの性格から、行政の成果が適切に評価されにくいという背景がある。そのために、他の分野の行政評価と同様に、効率性のみの評価になっている。入場者数や経費の多寡のみの評価では、文化芸術分野の評価としては不十分であるどころか、誤った結果を導きかねない。事業の実施目的がどの程度達成されたかについて、質的な面を含めての評価でなければ意味はない。早急に、文化芸術領域にふさわしい政策評価の手法が開発される必要がある。 また、様々な統計・調査からは、所得水準、学歴水準の高い層ほど、実際文化芸術の受益度が高いことが明らかにされている。一般の行政では、所得水準の低い層に対して社会的な支援が行われるはずだが、文化芸術では結果として、所得水準の高い人たちにこそ支援することになってしまう。このディレンマをどう解消するかが基本的な問題として残されている。 文化権についても議論がある。文化芸術の関係者は、文化芸術を創造し、享受することは、人々の生まれながらの権利である言う。これまでいくつかの地方公共団体の文化振興条例などでもあったし、今度の文化芸術振興基本法でもそう規定されている。しかし、こうした規定は、いわゆる「プログラム規定」でしかないのは明らかであり、その内実をどう構築していくかが現実の問題になる。文化は極めて多義的であいまいな概念であるところから、例えば文化の享受権にしても、国民の権利つまり行政の義務としてどのような内容・水準として具体的に構成できるのか、理念的な問題の整理、必要な予算・資源の確保、実定法上の整備等が欠かせないところであり、引き続き検討が必要である。 br> |
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参考文献 |
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