生涯学習研究e事典
 
登録/更新年月日:2008(平成20)年11月10日
 
 

ユネスコの生涯教育論 (ゆねすこのしょうがいきょういくろん)

UNESCO's theory of lifelong education
キーワード : 生涯教育、国際機関、UNESCO
澤野由紀子(さわのゆきこ)
2.『フォール・レポート』における生涯教育論
 
 
 
 
   1970年11月にユネスコ本部はラングランによる『生涯教育入門』を刊行し、この時代に人類が直面している数多くの「挑戦」について明らかにした上で、生涯教育の意義、目的と範囲に関する分析にもとづき、具体的な生涯教育推進策を提言した。教育開発国際委員会では、この『生涯教育入門』を基礎としながら、1972年に『存在のために教育(Learning to Be)』と題する報告書を発表した。委員長の名を冠して通称『フォール・レポート』とも呼ばれるこの報告書は、未来の教育の目標として「科学的ヒューマニズム」、「創造性」、「社会への関与」ならびに「完全な人間」を掲げ、生涯教育のみがこれらを実現できるとした。
 同報告書によれば、科学・技術の急速な進展と、社会の変化の加速化のなかで、初期の教育が一生涯役立つことは誰にも保障されなくなっている。このため、学校だけでなく、社会生活、職場、余暇やメディアなどあらゆる要素によって知識を獲得することが必要となる。その際、とくに成人期においては、もはや教師が学習者に「教える」のではなく、社会によって提供される知識を学習者自身が直接に吸収するというスタイルとなる。これらを達成するべく社会全体が教育に関わる社会が「学習社会」(learning society)であるとした。そして、「生涯教育」はこの学習社会構築のための教育政策の布石とみなされた。また、教育の概念と構造を刷新するための教育政策の基本原則としても、「生涯教育」を掲げている。「生涯教育」は教育制度そのものではなく、制度の全般的組織を構築するための原則であり、それを構成する各部分の発達の基礎とならねばならない。」とし、先進国においても、開発途上国においても、生涯教育をその後の教育政策のマスター・コンセプトとすることを提言した。
 同報告書は、人格の発達に焦点をあて、教師や教育機関ではなく、学習者を教育の中心に据え、学歴よりも学習の過程でもたらされる成果を重視した。人は判断力を培い、経験を豊かにしていくなかで、自らの必要、期待と能力に最も適切な学びの方法を自由に選ばなくてはならない、という考えも示している。つまり、個々人の「生涯学習」を視野に入れながら「生涯教育」の推進を構想しているのである。しかしながら、その実現のために教育の果たす役割に過剰な期待を寄せ、経済的・政治的条件を十分に考慮しなかったことが、その後各国において「生涯教育」政策が部分的にしか実施できなかった要因となったとの見方もある。
 フォール委員会の事務局を務めていたアッシャー・デロン(Asher Delon)は、1996年に『フォール・レポート』の内容をふりかえって、次のように述べている。「“Learning to Be”を批判するとすれば、教育に期待しすぎて、経済的・政治的条件を十分に考慮しなかったことであろう。同報告書はまた、開発途上国の物的資源と、先進諸国が開発途上国に対して実際に提供したいと考えていた協力の範囲についても過大評価していた。宗教的現象とその教育への影響力を無視し、個々人の間や、民族間、社会階層間、そして国家間においてますます増大する教育の格差を見過ごしたことも、現実性を欠き、後に失望を招くこととなった。」
 
 
 
  参考文献
・Asher Delon, Excerpt from ‘Learning to be in Retrospect’, The UNESCO Courier, April 1996, http://www.unesco.org/education/educprog/50y/brochure/maintrus/35.htm
 
 
 
 
 



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