生涯学習研究e事典
 
登録/更新年月日:2008(平成20)年1月1日
 
 

研究課題・オーラル ヒストリー (けんきゅうかだい・おーらる ひすとりー)

oral history
キーワード : 口述史資料、集団的記憶、PublicHistory、実践史
伊藤真木子(いとうまきこ)
2.課題
 
 
 
 
  【課題】
 イギリスにおいて「オーラル・ヒストリー」の語がどのような文脈において用いられてきたかを、次のように説明することがある。1)1970年〜more historyの時代。「既成の事実をさらに補足し、オーソライズする新しい口述史資料」の発見に価値がある。 2)1980年〜anti-historyの時代。「既存の見方とは別の見方を示してくれる新しい口述史資料」の提示に価値がある。 3)1990年〜「口述が引き出され史資料としてかたちづくられる過程への関心」が増大したhow historyの時代。 4)2000年〜「得られた口述史資料を管理・保存・公開・利用していくことへの関心」が増大するpublic historyの時代。
 今後の課題として、1つには、上記1)〜3)の文脈を念頭に、既存の自伝や対談記録等の1冊1枚を収集して相対的に位置づけ、史資料としての価値を付与していく作業がある。個人も組織も、多くの実務記録や学習記録、対談や講演の記録を残してきた。文才と気概のある人物がまとめる自伝や手記の類も存在する。しかしこれらの殆どは、半ば偶発的、付随的、非系統的に刊行されて散在している。実践史や人物史の編纂、実践記録や自伝等の作成収集を、より自覚的なプロジェクトとして進める必要があるだろう。
 そしてもう1つの課題として、4)の文脈での取り組みに着手することである。
 語り手の選定については、テーマ本位か人物本位かで考えることができるが、いずれにしろ、実践の固有性や人の個性から離れたところでなるべく自動的に設定しうる基準(たとえば、事業の開始年度や職員の勤務場所、活動の経験年数など)によって選定するという試みが求められるだろう。従来の実践史や人物史のように、先駆的事例とか中心的担い手といった基準による選定は避けた方が良いということである。何が先駆的で中心的かという価値判断は、時代的な拘束が強く、長期継続的に試みようとする場合には、いずれ、選定理由を後付けたり解釈することに無理も生じることが予測できるからである。
 また、語り手との間に一定以上の信頼関係を有し、聞くべき事柄について前提的な知識を有する聞き手を確保することが必要である。時を隔てるにつれ、当時の枠組みについて理解できない部分が増すことは確かである。しかし一方で、当時の文脈から自由であるために聞きだせる部分もあるだろう。テーマや人物の個性や意義は、一定の時を経てこそ再評価が可能となる部分もある。異なる世代でチームを組むことが、聞き取りをスムーズなものにすると同時に、また世代間の理解を育むことにもなると考えられる。
 後々までの読み手にとっての資料的価値を考えるならば、語り手の言葉を極力そのまま伝えるものがまずは重要だが、広範な利用に供するためにはさらに、「概要集」や「解題」のようなものを整備していく必要もあるだろう。
 関係者に及ぶプライバシーの問題、著作権の問題、録音技術や電子媒体の活用法などを念頭におきつつ、どこが長期継続的な収集・保管・公開の責を負うかという根本的な問題について、迅速かつ丁寧な議論が求められる。
 
 
 
  参考文献
・酒井順子「イギリスにおけるオーラル・ヒストリーの展開―個人的ナラティブと主観性を中心に―」『日本オーラル・ヒストリー研究』創刊号,2006年
 
 
 
 
 



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