生涯学習研究e事典
 
登録/更新年月日:2009(平成21)年4月27日
 
 

アールブリュットの治癒と創造性−芸術教育の見地から (あーるぶりゅっとのちゆとそうぞうせい−げいじゅつきょういくのけんちから)

キーワード : アール・ブリュット、芸術、創造性、治癒、芸術教育
畔柳和枝(くろやなぎかずえ)
2.芸術−自由と創造性との関わり
 
 
 
 
   個性や創造性が社会の因習や教養主義的風潮によって損なわれることなく、あるがままの心の表現を重視する芸術アール・ブリュットは、現代社会に生きる我々の感性を触発し、感情と表現行為との深いつながりと、その中で芸術が果たす役割の重要性を認識させる。
 日本では、医師やソーシャル・ワーカー、福祉施設で作品を生み出す芸術家の活動が主流であったため、アール・ブリュットは芸術運動ではなく、福祉改善運動としてのイメージが強い。しかし本来は、社会から逸脱した人々が独自の感性で創り上げた芸術であるため、現代社会において競争や能率で抑圧され、孤立感を抱え、心の拠り所を求める人々が、自由に自己表現するための芸術でもある。そして、人は誰しも美術教育の有無に関わらず、内面的葛藤を視覚の形に投影する潜在能力を持っている。特に絵画や彫刻、舞踊といった芸術的行為を通した視覚イメージの表現は、言語では表現できない抽象的な感情をシンボル化し、それに関連する現実検討力を促進する上で重要な役割を果たしている。
 芸術的行為とは、「自由」−「創造性」−「表現」という、一連のつながりのプロセスの体験である。「自由」とは、自分自身が囚われている心から開放されることであり、自己の切捨てられたものや抑圧されたものが無い状態のことを示す。
 芸術の世界に触れることは心を自由にすることであり、「創造性」はその開放された自由な状態から生まれる。さらに芸術の感覚的で視覚的なコミュニケーションで行う「表現」は、物事に対してその理由を迫る言語的コミュニケーションとは違い、表現者に安心感を与え、閉じ込めていた感情を作品という客観的対象物として外在化する。中でも絵画表現は、潜在的な心の中のイメージを導き出す役割を果たす。特に感情を引き出す効果を持つ色彩は、デッサンでは言語化できないものの表現を可能にし、覚醒を促す。このように芸術体験を通して、自由と創造性と表現とのつながりが、人間本来が持つ「自己治癒力」を再び取り戻すことが可能になる。
 アール・ブリュットの作家たちが絵画表現を行うことで得られる安心感とはまさに自己治癒力の再生を指し、それは芸術行為を媒体として得られる、失われていた体や感情を再び取り戻す体験と、その中でよりリアルに感じる自分を発見する体験でもある。
 自己の健全な再生を試みても一層の混乱を招くような状況の中、彼らが選んだものは芸術表現である。そして、芸術は失われた心の一部を取り戻すきっかけとして、さらに社会とのつながりを求めたり、自己の未知なる可能性を導き出すために、非常に有効的な手段として考えることができる。

 
 
 
  参考文献
・中原祐介『ヒトはなぜ絵を描くのか』フィルムアート社,2001年 
・ナタリー・ロジャース(小野京子訳)『表現アートセラピー』誠信書房,2000年
 
 
 
 
 



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