生涯学習研究e事典
 
登録/更新年月日:2009(平成21)年4月27日
 
 

アールブリュットの治癒と創造性−芸術教育の見地から (あーるぶりゅっとのちゆとそうぞうせい−げいじゅつきょういくのけんちから)

キーワード : アール・ブリュット、芸術、創造性、治癒、芸術教育
畔柳和枝(くろやなぎかずえ)
3.アール・ブリュットから芸術教育の根源を探る
  
 
 
 
   統一性ではなく、多様性を大切にする現代社会において、個人の創造性を育てることの重要性はますます高まり、多様な価値観を受け入れるための様々な回答を用意することが、今後の社会の在り方に対する重要な課題となる。豊かな社会や文化の在り方が問われる現代において、新しい美と知の地平を開く芸術の根源的な意味とその重要性を問うことは、我々の社会における文化や思想、教育について改めて見つめ直す行為でもある。
 芸術は社会の根底をなす人間理解の在り方から生まれ、同時に様々な社会現象や社会病理とも深い関わりを持ち、時には人生の捉え方にも影響を与える。そして教育もまた、同様の存在といえる。
 芸術が特権的なものでなく、自己の可能性を社会に生かすために、また人間の生きる技術として捉えることが可能になれば、人や社会にとって重要な存在であることが理解できる。そして人間の創造性や社会における芸術教育の可能性を探求するとき、アール・ブリュットはその方向性を示す存在になる。
 ひとつは心に生じる様々な葛藤や精神的欠落の回復を、芸術に求めることが真の再生へと導く近道になるのであれば、芸術行為を通した自己治癒の体験を実生活において自然に応用する方法を学ぶことが必要になる。ここに芸術教育の新たな方向性が見出される。
 二つめは、ものを「みる」というポジショニングの変化の重要性である。芸術家の視点の変化によって、アール・ブリュットという新たな創造性が生まれたように、さまざまな角度から、場所から、そして視点から物事をみることによって、今まで見えなかったものが形を現わし、見えていたものが全く違うものとして映ることがある。このポジショニングを変化させる能力を身に付けることは、遊びのような感覚の中で学習できる芸術教育が特に効果的である。
 三つ目は、アール・ブリュットという芸術概念を芸術教育に反映させることで、美術の分野以外でもその可能性を広げることができる。本来芸術は、性別や人種、宗教やナショナリズムの違いに囚われることなく、自己の潜在的なエネルギーを開花させることが可能な、数少ない存在である。自己の可能性に触れる体験は、やがて他者や社会へと関心を外へ向ける原動力になる。それは芸術教育の本来の役割でもあり、現代社会で生を送る上でも大切な要素となる。
 価値観が大きく変動する社会では、人間の生を支え育む芸術や教育もまた、新たな変化が必要である。現在、国公立の芸術系大学を中心とした美術・デザイン分野から福祉への参画や、「教育をしない教育」を担う人材を育成するための研究が進められているのも、その表れである。
 学歴や心身の障害、性別や年齢に関わらず、一人ひとりの独自性に適応する機会や枠組みを新たに創造することは、教育の大きな課題である。アール・ブリュットとその概念は、今後、教育の分野だけでなく、医療や福祉など、人々を守り育む場における精神的な支えとしての役割は大きい。
 
 
 
  参考文献
・岩崎由紀夫『美術教育の課題と展望』建はく社. 2000年
・畔柳和枝『生の芸術、アウトサイダーアートとその創造性について』愛知淑徳大学論集第11号.2006年

 
 
 
 
  



『生涯学習研究e事典』の使用にあたっては、必ず使用許諾条件をご参照ください。
<トップページへ戻る
 
       
Copyright(c)2005,日本生涯教育学会.Allrights reserved.