生涯学習研究e事典
 
登録/更新年月日:2011(平成23)年12月31日
 
 

和魂洋才のすすめ−写真の始祖・上野彦馬− (わこんようさいのすすめ―しゃしんのしそ・うえのひこま―)

キーワード : 写真、カメラ、上野彦馬、坂本龍馬
文珠川雅士(もんじゅがわまさし)
3.プロの写真家の始祖・上野彦馬
  
 
 
 
   そこで、この長崎の地で「写真の始祖、として活躍した上野彦馬」のことについて述べてみたい。
 1848年(嘉永元年)彦馬の父、俊之丞は、オランダ船からの輸入品の中に珍奇な品物を見つけた。それはフランスでダゲレオタイプ(銀板写真)が発明されてから9年後のことである。その後、コロジオン湿板法が輸入され、彦馬はそれに改良を加え、自ら湿板写真法を完成、1862年(文久2年)、長崎に上野写真館を開業、日本のプロ写真家の第一号となった。
 この写真術が長崎から広まりつつある幕末の頃、「写真機は吸血箱。撮影されたが最後、魂を吸い取られて早死にする。」と言う、こんな迷信に民衆が脅かされていた。しかし、そこは海外に向かって開かれた窓口「長崎」、諸藩の若き志士や外国の要人が肖像写真撮影のため続々と訪れ、わが国初の「上野彦馬写真館」の門前は大賑わいであったようである。今、日本のカメラの生産は技術面でも世界のトップクラスに到達した。
 また、私達が毎日お世話になる新聞紙面も、この写真報道に携わるカメラマンの技によって、あらゆる世界の情報を瞬時に知ることができる。この発展ぶりには、きっと、彦馬も天界から驚いていることであろう。
 このように、長崎に遊学の志を抱いて学んだ人々は、外国から入ってきた様々な「先進文明」を摂取しながら、日本古来の伝統文化である「和」の精神は堅持しつつ「和魂洋才」の文化を見事にアレンジして、現代に生きる私達に遺してくれている。
 このことは、日本人の叡智であり、誇りとして永遠に語り継いでいきたいものである。
 添付資料:★坂本龍馬立位写真(ポジ元) (935x1280)
 
 
 
  参考文献
・写真は高知県立坂本龍馬記念館提供
 
 
 
 
  



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