生涯学習研究e事典
 
登録/更新年月日:2016(平成28)年1月24日
 
 

生涯学習/教育と日本語学習/教育 (しょうがいがくしゅう/きょういくとにほんごがくしゅう/きょういく)

lifelong learning / education and japanese language learning / education
キーワード : 日本語教育、外国人、対話、学びの場、生涯学習支援
山内薫(やまうちかおり)
3.生涯学習/教育の観点に基づく日本語教育実践
  
 
 
 
   前項で述べたように、外国語/第二言語として日本語を学ぶ意義は、日本語を道具として活用できるようになることを超えた学習者の全人的な成長への寄与にある。それゆえ、日本語学習において、学習者は学習経験をとおして得られる自身の新しい感覚や価値観に気づくとともに、それらが唯一の自身の生活や人生の中でどのように統合されているのかを認識する必要がある。そのため、生涯教育としての日本語教育においては、次のような場を設ける必要がある。1)日本語学習者が、自身の学習に関し、唯一の自身の人生を投影しながら、自己評価ができるような場。2)学習者が個々のペースで段階的に熟考できるような場。また、日本語教育に携わる者は、日本語学習のみに注目するのではなく、家庭教育、学校教育、企業内教育、社会教育を統合した、日本語学習者を取り巻く教育全体に関わる学習環境を考慮しつつ、学びの場を設定することが肝要となる。さらに、日本語学習の成果を表す基準に関しても、再考する必要がある。現行の日本語教育において、日本語学習の成果は、試験等により数値化された能力により測られることが多い。しかし、生涯教育としての日本語教育において、数値化された能力は学習成果の基準とはなりえない。なぜなら、個々の学習者の全人的な成長を数値化することは不可能だからである。生涯教育としての日本語教育においては、日本語によりいかに他者と関わったか、つまり、日本語によりいかに他者と対話し、協働したかが指標となる。
 近年、学習者が自身の日本語学習を意味づける活動が、日本語教育実践として行われるようになってきた。それらの多くは、日本語学習者が、日本語学習を継続し、日本語に関わる能力を高め、日本語を用いて固定的な目標に達成することを前提として行われており、目標が流動的な学習者や日本語学習から離脱する学習者は想定されていない。しかし、生涯学習/教育の観点から考えれば、目標の変化や離脱の経験もまた、日本語学習経験であり、個々の学習者の人生における重要な要素となる。
 「人間はそれぞれ異なり、画一的に捉えることはできない」という考えに対し、多くの外国語教育研究者は「昔から言われており、当たり前である」と考えるであろう。しかし、その当たり前のことを前提に、日本語教育実践が行われているとは言い難い。学習者の個別性を尊重するために、日本語教育に携わる者は、日本語を学ぶ者が、「私はなぜ日本語を学習するのか」を問えるような環境を構築する必要がある。「私はなぜ日本語を学習するのか」という問いは、「私の人生」という視点から発せられる問いである。そうした「私の人生」という視点から発せられる問いに何度も応えることをとおし、学習者は、日本語学習の経験を自身の生涯と関連づけながら、自身に固有の日本語学習の意味づけを見出していく。それゆえ、今後、生涯教育としての日本語教育を実現するためには、学習者が「日本語を学習することは「私の人生」にどのような意味があるか」を問える場、すなわち、学習者が自身の生涯を展望しながら、これまでの軌跡とこれからの道標をつなげる「人生とともにある学びの場」が必要となる。
 
 
 
  参考文献
・山内薫「日本語学習者の生涯学習支援としての日本語教育―フランスの大学における日本語学習の修了生の事例から―」『日本生涯教育学会論集』第36号、123-132、2015.
・山内薫「生涯学習/教育としての日本語教育を目指して―フランスの大学における日本語学習の離脱者の事例から―」『日本語教育実践研究』第2号、 28-44、2015.
・山内薫「日本語学習と日本語学習者の人生がつながるプロセス―フランスの国立大学に在籍する学習者へのインタビューから―」『早稲田日本語教育学』第17号、1-20、2014.
 
 
 
 
  



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