生涯学習研究e事典
 
登録/更新年月日:2009(平成21)年4月27日
 
 

研究課題・生涯学習とデモクラシー (けんきゅうかだい・しょうがいがくしゅうとでもくらしー)

lifelong learning and democracy
キーワード : ポール・ラングラン、生活様式としてのデモクラシー、ジョン・デューイ、ハル・コック
坂口緑(さかぐちみどり)
1.「所有」としての学習?
  
 
 
 
   生涯学習が社会のなかでどのように作用しているのかを観察し、どのように作用しうるのかを考察する、社会学的な見地からみた生涯学習論を研究する立場の者からすると、この領域にはいくつもの課題が手つかずのままになっているように見える。筆者がとくに取り組みたいと考えている研究課題は、生涯学習がデモクラシーとどのような関係にあるのかというテーマである。
 生涯学習が先進諸国を中心とする各国や国際機関において政策課題とされてから長い時間がたった。知識社会の到来と生活環境の変化を見据えて、変化する時代に対応できる人材の育成および社会の設計が、生涯学習に関する政策を立案する際の前提条件とされてきた。1960年代、ユネスコやOECDを中心に生涯学習をどのように各国のあるいは国際機関の政策課題に位置づけるかについての議論が開始された頃、生涯学習は二つの方向性を内包する考えだった。ひとつは、来るべき知識社会で活躍する人材を育成するため、誰もが必要な学習の機会を手に入れられる基盤作りが必要だとされた。もうひとつは、余暇の増大する時代に、ひとりひとりが生き甲斐を見いだすのを支援する学習の機会が提供される必要があるとされる考え方も注目された。ユネスコ成人教育局長だったラングランは、前者の学習観を「所有の領域」に属するものとして、また後者の学習観を「存在の領域」に属するものとして区別し、その両方の重要性を強調した。
 しかし、その後50年間、生涯学習をめぐる政策立案の際に重視されるのは前者のみになっており、とりわけ近年はその傾向が強まっているようだ。2000年のリスボン宣言以降、ヨーロッパが他に先駆けてもっとも競争力ある地域になるために、ヨーロッパ委員会は知識社会に対応する教育改革を各国が敢行するよう求め続けている。OECDが実施するPISAに対する過剰ともいえる肯定的および否定的な各国の反応は、21世紀になってからの学習に対する経済的対価を求める戦略的な動きを反映している。例外的に日本では、慣習の違いや行政上の制約から、生涯学習が今もかろうじて、文部科学省が主導する「生き甲斐づくり」を支援する学習が定着し、他の先進諸国とは異なる独特の生涯学習制度が発展している。2006年に改正された教育基本法でも、生涯学習の理念は「自己の人格を磨き、豊かな人生を送ることができるよう」な学習だと説明され、知識社会への対応を意識するというよりは、「個人」の「生き甲斐」を支援する側面を強調する言葉が用いられている。とはいえ「学習社会(learning society)」の実現が国や地域の台所事情を反映した喫緊の課題であることには変わりなく、もちろん流動的な雇用状況や構造的な不況に対応しなければならない日本も例外ではない。とはいえ、生涯学習が「所有の領域」や「存在の領域」に還元されるものなのかどうかは考えなければならない原理的な問題のひとつである。
 
 
 
  参考文献
・ポール・ラングラン「生涯教育について」(波多野完治訳 日本ユネスコ国内委員会『社会教育の新しい動向』1967年)
 
 
 
 
  



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