生涯学習研究e事典
 
登録/更新年月日:2006(平成18)年1月27日
 
 

新しい市民社会と生涯学習 (あたらしいしみんしゃかいとしょうがいがくしゅう)

new civil society and lifelong learning
キーワード : 市民性、市民能力、市民参加、市民的公共性、民主主義
池田秀男(いけだひでお)
2.アクティブな市民性
 
 
 
 
   与えられた社会に所属しその構成員であることと、その人がその社会の構成員として期待される権利と責任を行使することは別である。両者の違いは自立した市民としての判断力と行為能力の有無に起因する。この関連で今日求められている「市民性」とは、「アクティブ(active)」な性格をもち、したがって「生涯にわたってコミュニティにアクティブに参加するために必要な市民的技能と能力(civic skills and competencies)」を意味する。この技能や能力は単に政治に限らず、経済、社会及び文化などあらゆる領域に及ぶ。これは、「市民」とは与えられた社会の構成員として、その社会のあらゆる領域における権利と責任を行使する多元的な技能と能力を必要とし、それらの獲得が社会参加を可能とする前提条件となっていることを意味する。この市民性への社会的要請は、すべての市民に実現することが期待される個人の自由権と平等権を保障する社会の民主主義の原理に起因するものであり、基本的には民主的社会としての市民社会の構造特性に基ずくものである。
 この関連で新しい市民社会が必要とする「アクティブな市民性」とは、ベルチウス(Velthus, R.)が述べているように、そのような民主的原理を行動規範とする共同体における政治、経済、社会及び文化の諸領域でその構成員として個人が機能することを可能とする能力、すなわちそれらの諸領域における「機能的識字性(functional literacy )」として構造化できる。しかしそれらにかかわる知識、態度及び技能は恒常的に変化する。というのは、いかなる市民社会もいわば未完成であり、不断に進化・発展の過程にあり、「リビング・デモクラシー(living democrecy)」という言葉があるように、生きた存在としてアクティブな市民性の成長や発展と民主主義の価値や規範の連続的な自己更新なしには、その本来の使命を達成できないからである。
 この文脈で特に注意を必要とするのは、現実の我われの生活世界は市民社会のみから成り立っているのでなく、多くの場合、市民社会は国家システムや経済システムの周辺的ないし残余の生活領域に位置づけられており、我われの行為は日常的に国家の統治作用に内在する権力と経済的行為を規定する利益や効率による市場原理によってより強力に水路づけられているという事実である。このことへの視点を論議の枠組みに収めない市民社会論は市民の自立性と独立性の前提をないがしろにしてしまい、結果として市民性の論議を社会サービス論や旧来のボランティア論ないし行政の補足論に局限するおそれがある。さらに市民への支配は国家や経済社会だけでなく、市民社会の組織や機構を通してもなされることに留意する必要がある。
 このような現実を前にして、一方で既存のパワーシステムとバランスをとるための新しい市民的公共性の創造とその担い手としての新しい市民性の開発が学習課題とされるようになってきている。これらのことに目配りすると、新しい市民性として必要なのは、単に与えられた社会システムへの参加とアクティブな権利と責任の行使だけでなく、現状を乗り越えて進み新たな展望を切り開く創造性と知性と態度であることが理解される。
 
 
 
  参考文献
・ 坂口 緑「中間集団が担う生涯学習の公共性」日本生涯教育学会年報第24号、2003.
・ 田中雅文編著『社会を創る市民大学―生涯学習の新たなフロンティア―』玉川大学出版部、2000.
・ 篠原 一『市民の政治学―討議デモクラシーとは何か―』岩波新書、2004.
・Rund Velthuis,Why Should We Have Political Education? LLIE,Vol.VII,No.4,2002.
 
 
 
 
 



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