生涯学習研究e事典
 
登録/更新年月日:2022年1月26日
 
 

避難所運営訓練を通した中学生のレジリエンスの向上を図る防災教育プログラム(ひなんじょうんえいくんれんをとおしたちゅうがくせいのれじりえんすのこうじょうをはかるぼうさいきょういくぷろぐらむ)

キーワード : 防災教育 、レジリエンス 、避難所運営訓練 、中学生
松浦賢一(まつうらけんいち)
 
 
 
  1.避難所運営訓練を通した中学生のレジリエンスの向上
(1)レジリエンスの強化を図る防災教育
 近年、台風等による豪雨災害が頻発化する中、政府の中央防災会議の報告書(2018)によると、これまでの行政主導から、住民主体の防災対策への転換を目指すとしている。
 また、災害発生時には、避難所に指定されている学校の教職員が当面避難所運営せざるを得ない実態があり、2017年に文部科学省から学校が避難所になった場合の運営方策について示された。
 しかしながら、教職員が勤務校の近くに居住しているとは限らないため、過去の災害発生時には教職員が迅速に学校へ駆けつけることができなかったケースも報告されており、さらに、過疎化が進む地域では、自治体の防災担当者が全ての避難所に配置されるとは限らず、高齢者の多い地域では、避難所を運営する人材の確保も課題となっている。
 学校における防災教育については、学習指導要領(2008・2009)において、児童生徒等の発達の段階を考慮して、学校の教育活動全体を通じて適切に行われることとされており、文部科学省(2019)は、中学校段階では、日常生活における危険を予測し自他の安全のために主体的に行動できるようにするとともに、地域の安全にも貢献できるようにすることとしている。
 こうしたことから、地域の次世代リーダーとなる中学生が主体となって避難所運営を行うことが有効ではないかと考え、過去に豪雨災害を経験した地域の協力を得て、中学生のレジリエンスの強化を図る防災教育プログラムの構築に取り組んだ。
 レジリエンスとは、心理学的に「困難な状況にもかかわらず、しなやかに適応して生き延びる力」という意味で使われ、精神的回復力などと訳される。また、「防災力」という意味でも使われる。さらに、原田(2020)は、レジリエンスを育てる基礎として、ソーシャルサポート、自己肯定感、自己効力感、ポジティブ感情の4つの柱を挙げている。「共助」の視点からの地域と学校が連携した防災教育により、生徒のレジリエンスの強化が図られるものと考える。
(2) 過去の災害の教訓を生かした実践的プログラム
 北海道南富良野町は、2016年の豪雨災害の教訓を踏まえて、2018年に町内の小・中学校において、実践的な安全教育モデルプログラムの構築に取り組んだ。
 実施したプログラムにおいて、中学生が机上で避難所運営を学んだ際、生徒からは、「避難所になった場合、運営の流れはどうなっているのか」「そもそも誰が避難所対応をするか」などの疑問や課題が出され、リアルな訓練の必要性を声にする生徒が多かったことから、中学生を主体に役場や地域住民等を巻き込んだ避難所運営訓練を計画し、学校、家庭、地域が連携した実践的な訓練を通して、有事の際に考えられる災害対策のための体制を構築することとなった。
(3)学校施設を避難所とした訓練の設定
 学校施設が避難所となる場合、おおよそ表1のようなプロセスが考えられる。各自治体の避難所運営マニュアルと併せ、教職員が協力できる内容について関係機関とあらかじめ調整しておくことが必要である。その際、教職員が不在の場合や学校に参集するのに一定の時間が必要な場合などにより、少人数で運営を担わざるを得ない事態が発生することを考えておくことが大切である。
 今回の訓練では、災害直後の救命避難期から生命確保期とし、避難所の中学校では、教職員及び生徒が学校施設において活動している時間帯を想定して行われた。
 
 


添付資料:学校施設が避難所となる場合のプロセス例

 
  (参考文献)
・中央防災会議防災対策実行会議「平成30年7月豪雨を踏まえた水害・土砂災害からの避難のあり方について(報告)」、2018年12月、p.13。http://www.bousai.go.jp/fusuigai/suigai_dosyaworking/、2021年7月10日参照。
・文部科学省初等中等教育局「大規模災害時の学校における避難所運営の協力に関する留意事項について(通知)」、2017年1月20日。https://www.mext.go.jp/component/a_menu/other/detail/__icsFiles/afieldfile/2018/07/30/1407232_22.pdf、2021年7月10日参照。
・文部科学省「学習指導要領等(ポイント、本文、解説等)(平成20年3月・平成21年3月)」。https://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/new-cs/youryou/1356249.htm、2021年7月10日参照。
・文部科学省「第2次学校安全の推進に関する計画」、2017年3月24日、p.14。https://www.mext.go.jp/a_menu/kenko/anzen/__icsFiles/afieldfile/2017/06/13/1383652_03.pdf、2021年7月10日参照。
・文部科学省「学校安全資料『生きる力』をはぐくむ学校での安全教育」、2019年3月改訂2版、p.28。https://www.mext.go.jp/a_menu/kenko/anzen/1416715.htm、2021年7月10日参照。
・林春男(国立研究開発法人防災科学技術研究所理事長・一般社団法人レジリエンス協会会長)「『レジリエンス』という言葉は大変便利な言葉」。https://resilience-japan.org/aboutus/president/、2019年10月4日参照。
・原田恵理子「逆境に負けない強い心『レジリエンス』を育む」(『指導と評価』6、(一社)日本図書文化協会/日本教育評価研究会、pp.60-61、2020)、p.61。
・文部科学省「学校防災のための参考資料『生きる力』を育む防災教育の展開」、1998年3月初版、2013改訂版、p.8。https://anzenkyouiku.mext.go.jp/mextshiryou/data/saigai03.pdf、2021年7月10日参照。
・松浦賢一「被災経験を生かした児童生徒のレジリエンスの向上を図る防災教育プログラムの実践的研究」(『日本生涯教育学会論集』41、pp.83-92、2020)p.83。
 
 
 
  2.リアル避難所運営訓練による防災教育プログラム
(1)プログラムの設定
 プログラムの設定は、8月29日から断続的に降り続く雨の影響で、町内を流れる空知川の水位が上昇し水防警報が発令されたことから、30日午後3時には町災害対策本部が設置されたというもの。31日も断続的に雨は降り続き、国道や道道の一部が通行止めとなり、町内を流れる川の増水により、氾濫する恐れから、災害対策本部は、地域の住民にステージ2となる避難準備を発令し、中学校を避難所として開設した。町は災害対策本部を立ち上げ、本部長(町長)のもと、役場職員や教育委員会職員などの協力を得ながら、本部運営班、庶務班、資材調達班、文教施設班を設置した。
(2)参加者及び関係機関
 本プログラムに参加した関係機関は、南富良野町、南富良野町教育委員会、南富良野小学校児童及び教職員・保護者、南富良野中学校生徒及び教職員・保護者、北海道総務部危機対策局危機対策課、上川総合振興局、南富良野町防災マスター、陸上自衛隊第4特科群第131特科大隊、南富良野町赤十字奉仕団、幾寅栄町町内会、北海道教育大学釧路校学生、mont-bell、LIXIL、日本セイフティー(株)ラップポン、NTTドコモ、獣医師会等である。
 参加した児童生徒は、南富良野中学校の1年生13名、2年生15名、3年生21名の計49名と南富良野小学校の1年生16名、2年生10名、3年生9名、4年生16名、5年生10名、6年生12名の計73名であり、両校とも全校児童生徒が参加した。
(3)運営体制
 中学生は、避難所運営者として運営管理者の保健福祉課長のもと、総務班、名簿班、食料班、物資班、救護班、衛生班、情報広報班の7班に分かれて参加した(図1)。
 避難者として受け入れるのは小学生と中学1年生、保護者、地域住民等で、避難場所はブレーカーを落として停電状態にし、栓を閉めて断水状態とした。
(4)スケジュール及び内容
 避難所の運営に当たった中学校のスケジュールは、午前中は避難所の開設準備と運営を体験し、午後に専門家から講評をいただいた後、「災害から命を守るために」と題した講演を聞いた。
 一方、小学校のスケジュールは、小学校から避難所となる中学校へ学年ごとに避難したあとに防災学習を実施した。1年生から3年生は、新聞紙スリッパづくりを行い、4年生は、バケツで水を運びながら災害時のトイレの使い方を学んだ。5年生及び6年生は、ハイゼックスを使ったパンケーキづくりや段ボールベッドの組み立てなどを体験した。
 避難所ではほかにも、協力機関の陸上自衛隊や赤十字奉仕団の炊き出しなどが屋外で実施され、実際の災害発生時の避難所運営と同様の体制で行われた。
(5)指導及び支援方法の工夫
 中学生が主体となった避難所運営訓練のプログラムについて、前年度の机上訓練をもとに、理論から実践という流れを経験することにより、生徒の実践力が高まるように設定された。特に、事前に各教科において防災と関連する分野を整理し、その内容を教科横断しながら実践に結びつけるなど、知識という点と点を結びつけ、線や面に発展できるように工夫された。
 また、自治体の生徒への関わりについては、生徒が「主体的に動く」ことを意識しながら支援するように心がけ、避難住民への声かけやサポートについては、生徒が行えるように陰に徹した。なお、教員については、生徒と同じ班員の立場として、各班の班長からの指示を受けて行動した。
 
 


添付資料:避難所運営体制

 
  (参考文献)
・ 文部科学省「学校防災マニュアル(地震・津波被害)作成の手引き」、2012年3月、p.28。https://www.mext.go.jp/a_menu/kenko/anzen/__icsFiles/afieldfile/2018/12/04/1323513_01.pdf、2021年7月10日参照。
 
 
 
  3.中学生のレジリエンスの向上を図る防災教育プログラムの確立
(1)調査方法・内容
 プログラムの教育効果については、実施後の生徒の感想から、検証を行った。調査の対象は、運営者役12名及び避難者役9名の中学生21名とした。質問項目及び生徒の感想は、表2に示したとおりである。
(2)調査の結果
 生徒たちの感想からは、自分ができる仕事を見つけて行動したり、自主的に判断して対応したりするなど、当事者として積極的に訓練に参加したことがうかがえる。
 また、過去の災害時には被災者として助けられる側であった中学生が、今回の避難所運営によって得た経験や理解をもとに、災害後の生活や復旧等の支援者となる意識や意欲を持とうとする姿勢が確認できる。
 中学生が主体となった避難所運営訓練は、参加した中学生のアイデンティティが、「助けられる人」から「助ける人」へと変容する機会をもたらし、中学生が、他者から大切にされ、認めてもらう経験を通して、達成、喜び、感謝、畏敬の念など、さまざまなポジティブ感情を抱き、人として成長していることがうかがえ、レジリエンスを向上させる可能性が示唆された。
 また、Lave & Wenger(1991)は、知識は他者から一方向的に伝達されるものではなく、学習者が実践へ十全的参加をする過程で他者や環境との相互作用を通して構成されるものであり、学習を社会的実践の一部であるとしている。中学生が町の避難所運営組織である実践共同体に参加し、主体的に防災に関する活動に従事しながら、他者との協働やコミュニケーションを通して学びを深め、アイデンティティを確立していく教育方法は、学校と地域が連携・協働して取り組む安全教育として、一つのモデルを提供したと言えるだろう。
(3)考察
 本研究から明らかになった成果として次の4つが挙げられる。
 第1に、前年度の取組を通して支援者となる意識を持ち始めた中学生が、今回の避難所運営訓練の運営者になるなど、将来の防災リーダーを育成することができた。
 第2に、学校、家庭、地域が連携した地域ぐるみの実践的な避難所運営訓練を通して、学校の子どもたちだけでなく、地域住民を対象にした防災訓練を実現できた。
 第3に、リアル避難所運営訓練により、関係機関との連携を図るとともに、実際の災害対策のための運営体制を確認することができ、町の協働体制の再構築に貢献できた。
 第4に、避難所に指定されている中学校を会場に訓練を実施することにより、実際に避難所になった際に必要な人員や物品、設営方法、運営方法、学校の役割など運営体制を確認するとともに、学校の教職員や生徒が担うべき役割が明らかになり、災害に対する学校の抵抗力を高める体制が構築された。
 
 


添付資料:事後アンケートの設問と生徒の感想

 
  (参考文献)
・ Lave,J.& Wenger,E., Situated learning: Legitimate peripheral participation, Cambridge: Cambridge University Press, 1991 / 佐伯胖 訳『状況に埋め込まれた学習-正統的周辺参加-』産業図書、1993。
 
 
 
 
   



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