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登録/更新年月日:2025年2月3日
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1. 「市民運営施設」とは 公共施設の管理運営形態は、行政の正規職員のみによる直営、民間企業や地域団体等への業務委託、指定管理者制度といった区分が一般的であろう。さらに、民設民営で公共的な役割を果たしている施設まで広げれば、公益法人やNPO法人等による企業博物館や市民活動支援センター等の運営という形態も存在する。 「市民運営施設」とは、こういった管理運営形態や公設の施設か民設の施設かに着目するのではなく、市民が施設管理や施設で行われる各種事業の運営に参加している施設をここでは指すものとする。 この「市民運営施設」を、公民館を事例に説明したのが図−1である。この「市民運営施設」においては、田中雅文が「需給融合性」という言葉で説明する、「市民が行政サービスの顧客や消費者にのみ位置づけられるのではなく、そのサービスの供給者ともなる」という特徴がみられる。 (1) 「需給融合性」を特徴とする市民運営施設とは何か 「需給融合性」という特徴を備えた「市民運営施設」について、シェリー・アーンスタインが提唱した「住民参加の梯子」を用いて説明する。アーンスタインは、住民参加の概念について8段階からなる梯子で表現している。住民参加のレベル別にこの8段階を、「住民参加とは言えない(2段階)」、「形式としての住民参加(3段階)」、「住民の力が活かされる住民参加(3段階)」に3分類している。このうち、「住民参加とは言えない」を除く6段階を、社会教育施設を想定した事例で説明したのが表−1である。 表の「1 情報提供」、「2 相談」、「3 関与」の項目の「住民の関与の内容・形態」で示した事例は、現在、全国の各自治体で広くみられる市民参加の形態であろう。 「市民運営施設」とは、田中の言う「需給融合性」がみられ、かつ、表の「4 協働」、「5 権限付与」、「6 住民による管理」といった段階で示す事例のような、市民参加のレベルが高い状態が実現されている施設を指すものである。 なお、「市民運営施設」の運営形態は、きわめて多様である。例えば、全国の公民館等を例に「市民運営施設」の運営形態をみると、直営と指定管理があり、同じ直営でも、地区公民館に自治体の一般職員(フルタイム職員)を配置しているケースと、地域住民を職員として配置しているケースまで多くのバリエーションがみられる。指定管理では、地元住民で構成する団体を指定管理者として、非公募で指定している形態がみられる。 (2) 社会教育施設の運営への市民参加の現状 「市民運営施設」の定義に当てはまる施設が全国にどのくらい存在するかは、現在、調査の過程で不明であるが、全国的に市民参加は後退していると言える状況が窺える。 地方分権の推進や社会構造の変化を理由に、学識経験者や有識者のほか、各種地域団体の代表により構成することが一般的であった公民館運営審議会は、社会教育法の1999(平成11)年の改正で公民館への必置規制がなくなった。公民館運営審議会を置く公民館は、令和3(2021)年度社会教育調査によれば全公民館の52.4%となり、公民館運営への市民参加は後退したと言えよう。 さらに社会教育調査によれば、図-2のとおり、ボランティアの制度がある公民館の割合、公民館の1館あたりのボランティア登録者数は、2000年代初頭より最近にかけて減少しており、市民参加が進んでいるとは言い難い現状が窺える。 |
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(参考文献) ・田中雅文「社会教育施設を運営する市民組織のコミュニティ形成機能」 『日本の社会教育』第51集 2007 ・Arnstein, S. R. “A Ladder of Citizen Participation,” Journal of the American Institute of Planners, 35(4)p.216-224.1969 |
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2.「市民運営施設」が持つ可能性 (1) 市場社会化が進む現代社会における市民参加の再構築 現代社会において、社会教育施設の運営への市民参加を困難にしている要因として、市場社会化の進行が考えられる。 神野直彦は「新自由主義の浸透により、国家が市場経済に抱かれるようになり、社会の構成員は自分たちが統治者として財政を運営しているという意識が薄れ、財政によって統治されているという意識だけが高まる。」そこで、「人間の生命活動が営まれる地域共同体を基盤とした基礎自治体の共同意思決定に、生活者として参加し、協働する関係を下から積み上げていく必要がある。」と主張する。 斎藤幸平は、市場社会化により、「分業化が進み、私たちは、自ら「構想」化する機会を奪われ、「実行」するだけ。」となったと述べ、「〈コモン〉の再生や共同管理を通じて、人々が実質的に意思決定に参加し、統治や制度化というプロセスに携わって(中略)構想と実行の再統一」を実現する必要があると述べている。そして、斎藤は、市場社会化が進む現代において、企業による「私有」でもなく、官僚が管理する「国有」でもない、「共有」という第3の道として〈コモン〉を提唱し、「人々が主体性をもって自分たちで管理しながら生産する「市民営化」」という考え方を示している。 誰もが利用できる資源が無秩序に利用されることで、結果として枯渇する、という法則である「コモンズの悲劇」は、ギャレット・ハーディンが提唱したもので、個が自分の利益を最大化する行動をした結果、全体ひいては個にとって悪影響が及ぶというものである。ハーディンは、この「コモンズの悲劇」を克服するためには、資源を分割し私有化するか、国家による管理しかないと考えた。これに対し、ノーベル経済学賞を受賞したエリノア・オストロムは、「共有財においてその管理は、市場か国家以外に、コミュニティによる自治が可能である」と述べている。 神野、斎藤、オストロムの3人の主張に共通するのは、公共財、あるいは共有財の管理を、為政者に委ねるのではなく、市場に託すのでもなく、地域社会を基盤に市民が主体的に参加し管理する道の存在である。 「市民運営施設」は、市場社会化が進む現代社会において、市民が主体性を取り戻し、地域社会から公共性を再構築するひとつの可能性を示しているのではなかろうか。 (2) 「市民運営施設」の今後の課題 続く「「市民運営施設」の成立条件」で取り上げた地区公民館では、社会福祉やスポーツなどの校区別の地域団体による活発な各種地域活動がみられ、これら地域の様々な共益的活動が地区公民館の担い手の供給源ともなっている。ただ、共働きが当たり前となり、定年延長も進む中、あらゆる地域活動やボランティア活動は担い手不足に陥っている。この「市民運営施設」を支える人材の供給のしくみが、将来有効に働かなくなる可能性も予想される。 それでは、市場社会化が進む現在、人々が自然に他者と関わり合い、「市民運営施設」に少しずつ関わるにはどうすればいいのであろうか。 「市民が行政サービスの顧客や消費者にのみ位置づけられるのではなく、そのサービスの供給者」となり、市民の多様な意見や要望を自治体の政策に反映していく上で、市民と「市民運営施設」との間に、どのような新しい回路が考えうるのか、実践的な課題が残されている。 |
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(参考文献) ・神野直彦『財政と民主主義』(岩波新書)、岩波書店、2024 ・斎藤幸平『コモンの「自治」論』(集英社シリーズ・コモン)、集英社、2023 ・エリノア・オストロム 原田禎夫ほか訳『コモンズのガバナンス』晃洋書房 2022 ・鷲田清一『しんがりの思想』(角川新書)、KADOKAWA、2015 |
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3.「市民運営施設」の成立条件 現在、地区公民館・コミュニティセンター等を中心に「市民運営施設」の定義にあてはまる自治体の予備調査を終えた段階である。今後、全国の文化・社会教育施設のうち、「市民運営施設」を特定し悉皆調査を行い、「市民運営施設」の実態を明らかにし、下記の「市民運営施設」の成立条件を実証する予定である。 ここでは、予備調査(表−2)からみえてきた、「市民運営施設」を成立させる条件について説明する。 (1) 各種地域活動と「市民運営施設」の活動・事業の連続性 多くの地区公民館では、公民館活動とは別に、社会福祉、スポーツなどの各種地域活動が盛んに行われていた。地区社会福祉協議会、スポーツ推進委員といった活動の単位は全国的に小学校区から中学校区が一般的であるが、調査対象の自治体では、各種地域活動の打合せや実施場所、連絡先に地区公民館が使用され、地区公民館の社会教育事業との相乗効果を生んでいた。各種地域活動と地区公民館活動が一体的に運営されることで、地域住民にとって、この両者の活動は連続的なものと意識され、結果的に、地区公民館の運営への積極的参加につながっている。 また、一部の自治体では、「各地区の各種団体への支援・連絡調整」が公民館業務に位置づけられており、各種地域活動という住民にとっての共益的活動と公民館の活動の一体性・連続性がみられた。 (2) 「市民運営施設」の独立性・主体性 「市民運営施設」の職員は、ほぼ全て地域住民という例は多く、特に地区公民館長はほとんど地元住民、地区公民館主事も、公民館のある校区住民から選ばれることが多い。 また、各地区公民館の事業計画・予算執行などにおいて、自治体が各地区の意思をきわめて尊重しており、職員の選考において、職員候補者の推薦は各地区公民館に委ねられ、館長・主事ともにほぼ各地区の住民という事例も多かった。 地区公民館は公共財であるが、校区という地域で展開されている住民の各種地域活動と連続性があり、言わば共有財的性格を帯びることで、自治体の「市民運営施設」に対するリスペクト(尊重)を生んでいるように思われる。 (3) 市民主体の施設運営を支える手厚い支援体制・研修体制 「市民運営施設」では、必ずしも専門家ではない住民が主体となって施設の運営にあたることで、地区ごとにその運営能力に格差を生じさせ、事業計画や施設運営に公共性・公平性が担保されない、施設の設置目的にそぐわない事態が生じる可能性も否定できない。 調査対象の自治体では、「市民運営施設」に対する担当部局や中央公民館の相談・支援のための人員数や研修体制が充実している傾向があり、これが、責任ある地区公民館の市民運営を可能としていると考えられる。 (4) 共益的活動との連続性と財政的独立 地区公民館の予算について、その一部を地域で負担している自治体が多く、財政的に自治体からの経費に100%依存しない、一定の財政的独立性がみられた。 住民にとって地区公民館活動は、自分、あるいは近隣の住民など誰かが関わる、住民にとって共益的な活動であるという意識が、住民の主体的で独立した活動を支える地区費負担の背景にあるのではないかと思われる。そして、この共益的活動との連続性が、一定の地区公民館への地域負担を許容する一方で、住民主体の活動が担保されることにつながっているのではないかと考えられる。 |
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