生涯学習研究e事典
 
登録/更新年月日:2006(平成18)年1月27日
 
 

定年退職期の生涯学習 (ていねんたいしょくきのしょうがいがくしゅう)

lifelong learning around the mandatory ritirement
キーワード : 定年退職、変容学習論、所属社会集団、ライフサイクル、定年退職者の学習支援
久保喜邦(くぼよしくに)
1.定年退職期の定義、説明、特質
  
 
 
 
  【定義】
 定年退職期とは、定年退職後の高齢期に至るまでの移行期間である。
【説明】
 定年退職は、一定の暦年齢(定年)に到達したならば職業活動から退くことである。わが国の雇用労働者の場合、労使の合意により労働協約や就業規則に定年が明記されるが、現行の法律では、定年を60歳未満に定めることを禁じており、60歳以上で定年退職する事例が一般的である。社会老年学の領域において定年退職は、通常、人生周期における中年期から高齢期への移行期とみなされているが、アチュリー(Atchley,R.C.)は、退職の過程を(1)(退職)直前段階、(2)(退職後)ハネムーン段階、(3)幻滅段階、(4)再志向段階、(5)安定段階、(6)終結段階の6段階に分けて論じている。この退職過程に基づいて(2)〜(4)の期間、すなわち定年退職により始まる移行期を定年退職期、その期間の人びとを定年退職者とし、(5)安定段階以降を高齢期、その期間の人びとを高齢者と定義することができる。またレビンソン(Levinson,D.J.)は、男性のライフサイクルには4つの発達期があり、各発達期をつなぐ期間を過渡期とし、中年期と老年期をつなぐ老年への過渡期を60〜65歳の5年間としているが、定年退職期は、雇用労働者の老年への過渡期でもある。
【特質】
 定年退職期は、二つの異なる次元の特質を有する移行期である。ひとつは加齢に伴う中年期から老年期への過渡期としての時間的次元における移行期の特質である。他のひとつは所属社会集団の変更を伴う空間的次元における移行期としての特質であり、経済組織体に所属する雇用労働者が、慣れ親しんだ社会集団を離脱し、新たに所属する社会集団を探索する期間としての特質である。
 定年退職期は、加齢の進行に適応するように自己の態度・行為の基準を見直すとともに、定年退職前の所属社会集団において内面化した態度・行為の基準あるいは思考枠組みを見直し、定年退職後の所属社会集団に違和感を抱くことなく適応できるものに再構築することが求められる期間である。この期間に適切な学習活動がなされるならば、個人的には定年退職後の自由と多様性が許容される環境の中で充実した人生を展開できる可能性が高まり、社会的には将来の高齢社会にふさわしい文化創造に寄与できる可能性が高まる。逆に適切な学習活動がなされないならば、経済的に生産的な社会で内面化した態度・行為の基準を保持した状態で、経済的に非生産的な環境の中で生活することとなり、個人的にも社会的にも違和感が増大する可能性が高くなる。定年退職期は、雇用労働者個人にとっては定年退職後の生き方を方向付ける重要な期間であり、社会的には将来定年退職者が主要な構成員となる高齢社会の特質に多大な影響を及ぼす重要な期間である。
 従来、定年退職期は時間的次元における老年期への過渡期としての特質に基づいて論じられてきたが、定年退職者の増大および定年退職後の余命の伸長に伴い、定年退職期の空間的次元における移行期の特質に着目した生涯学習のあり方を論ずる必要性が生じている。
 
 
 
  参考文献
・ロバート・C・アチュリー『退職の社会学』東洋経済新報社、昭和54(1979)年
・ダニエル・レビンソン『ライフサイクルの心理学』講談社、平成4(1992)年
・青井和夫・和田修一編『中高年齢層の職業と生活―定年退職を中心として―』東京大学出版会、昭和58(1983)年
・久保喜邦「定年退職期における生涯学習の支援の方向」日本生涯教育学会論集、23、平成14(2002)年
 
 
 
 
  



『生涯学習研究e事典』の使用にあたっては、必ず使用許諾条件をご参照ください。
<トップページへ戻る
 
       
Copyright(c)2005,日本生涯教育学会.Allrights reserved.