生涯学習研究e事典
 
登録/更新年月日:2006(平成18)年1月27日
 
 

佐藤一斎の生涯学習論 (さとういっさいのしょうがいがくしゅうろん)

キーワード : 『言志四録』、学び、立志勉励、言志晩録第60条、岩村町
上寺康司(かみでらこうじ)
2.生涯学習の推進力としての立志
 
 
 
 
   佐藤一斎の生涯学習論では,生涯学習を人間の生涯にわたる学びととらえる。この場合の学びとは,人間が充実した人生を送るために自らを磨き続けることである。人間が学ぶためには,人間が自己の充実を目指して自らを磨き続けるためには,自らの心の中に打ち立てる確固たる目標が必要となる。それが志である。人間が生涯にわたって学び続けるためには確固たる志を立てること,すなわち立志が必要となる。この立志こそ,人間の学びの意欲を沸き起こさせ,学びを推進していくパワーとなる。立志を換言するならば,人間が充実した人生を送るために自ら学ぶことの意味を認識することである。そのためには自己省察が必要となる。
 『言志録』第10条には,「人は須(すべか)らく自ら省察すべし。天何の故にか我が身を生出し,我れをして果して何の用にか供せしむる,と。」と述べられている。ここでは,人間がこの世に人間として生まれてきたことの意味を自らに深く問い,人間としていかに在り,いかに生きるかについて熟考する必要性を述べている。『言志四録』には学びのための立志の意義を述べた条文が随所にみられる。『言志録』第6条には「学は立志より要なるは莫(な)し。而(しか)して立志も亦(また)之れを強ふるに非(あら)ず。只(た)だ本心の好む所に従ふのみ。」と述べられている。ここには人間が学ぶための立志の重要性と,立志は自己の主体的な意志によるものであることが簡潔に述べられている。
 『言志録』第32条には,「緊(きび)しく此の志を立てて以て之れを求むれば,薪を搬(はこ)び水を運ぶと雖(いえど)も,亦是れ学の在る所なり。況(いわん)や書を読み理を窮むるをや。志の立たざれば,終日読書に従事するも,亦唯(た)だ是れ閑事のみ。故に学を為すは志を立つるより尚(とうと)きは莫し。」と述べられている。すなわちこの条では,人間がしっかりと志を立てていれば,日常生活の具体的な活動そのものが学問であり,活動を通して自らを人間として磨くことができることを述べている。志を立てている人間は,日常生活そのものを,自らの学びの場,自らを人間として磨く場として活かせることになる。このことに関して佐藤一斎は『言志晩録』第263条において「多少の人事は皆是(これ)学なり。」(人間が日常生活という具体的な活動場面において接する人,取り扱う物・事は,自らを人間として磨いてくれる学問である。)と明白簡易に述べている。
 『言志録』第123条では「人は少壮の時に方(あた)りては,惜陰を知らず。知ると雖も太(はなは)だしくは惜しむには至らず。四十を過ぎて已後(いご),始めて惜陰を知る。既に知るの時には,精力漸(ようや)く耗(こう)せり。故に人の学を為すには,須(すべか)らく時に及びて立志勉励するを要すべし。」と述べている。ここでは,少壮すなわち10代・20代・30代の若者が,矢のように過ぎ去りゆく時間の大切さを十分に認識した上で,将来において充実した人生を送るためにいかに自己を磨くかという確固たる志を立てて,時間を有効に使い,勉め励むことの重要性を強調している。「人の学を為すには,須らく時に及びて立志勉励するを要すべし。」の一節は,学びの推進力としての立志の意義が簡潔に述べられている。
 
 
 
  参考文献
・岡田武彦監修『佐藤一斎全集』(第11巻)明徳出版社,平成3年。
・岡田武彦監修『佐藤一斎全集』(第12巻)明徳出版社,平成5年。
・上寺康司「佐藤一斎の『言志四録』にみる『学び』のための心の工夫」,『福岡工業大学研究論集』第37巻第2号,平成17年。
 
 
 
 
 



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