生涯学習研究e事典
 
登録/更新年月日:2006(平成18)年10月31日
 
 

研究課題・学習行動の理論化 (けんきゅうかだい・がくしゅうこうどうのりろんか)

キーワード : 学習ニーズ、アンドラゴジー、ペダゴジー、学習の概念
市原光匡(いちはらみつまさ)
2.学習行動の普遍性と特殊性
  
 
 
 
   先に述べたように、学習理論研究は、これまで、成人や高齢者の学習の独自性を主張する形で研究対象が新たに設定されていくことによって発展を遂げていった。もちろん、生涯の各期に起こるさまざまなライフイベントが及ぼす影響や、発達の程度は考慮されなければならないであろう。しかし、個々人の学習行動は、生涯の各段階や個々人がおかれたさまざまな状況によって明確に区切られ、特徴づけられるものなのであろうか。
 ノールズは、子どもの学習と成人の学習とを比較し、アンドラゴジーの特徴を仮定したわけであるが、それは、成人の学習を理解するにあたって、子どもの学習理論を基盤とすることへのアンチテーゼという観点からすればもっともなことであった。しかし、子どもの学習においてもアンドラゴジーの方法が有効であるとの指摘を受けて、アンドラゴジーとペダゴジーを対置するのではなく、ペダゴジーからアンドラゴジーへと移行するものとして見方を改めたことは、「アンドラゴジー対ペダゴジー」(1970年)から「ペダゴジーからアンドラゴジーへ」(1980年)へとその著書のサブタイトルが変更されたことからもうかがえる。このような、子どもの学習と成人の学習に連続性を見いだそうとする姿勢は、子どもの主体的に学ぶ意志や態度、能力を養うことが問題となっている今日の日本においてはとりわけ重要なものと考えられる。それはまた、子どもの学習と成人や高齢者の学習を過度に区別することの有効性を問いただすものであり、対象の区分を取りはらい人間の学習の普遍的な要素を探究することの必要性を示唆しているとはいえないだろうか。
 また、子ども、成人、高齢者といった研究対象の境界や移行期の研究も課題となろう。ノールズは成人を定義するにあたって、フルタイムの学生であるか否かに基準を求めた。しかし、フルタイムの学生であっても、小学生の学習と成人へと移行する大学生の学習とではまた異なる様相を示すであろう。それは、対象をより狭めて細分化していくことになるのであろうが、人生の各期の連続性をふまえたうえで、人生のあらゆる段階の学習行動についての研究を深め、そしてそれらを包括的にとらえるような視点は普遍性の探究に矛盾するものではない。
 ところで、アメリカなどでの研究をもとに日本で研究をすすめる場合、問題となるのが日本との条件の違いであろう。たとえば、職業に関連した学習に重きを置く欧米と日本では、「学習」の概念すら異なる。このように、異なる国、文化における学習を問題とするにあたっても、普遍性と特殊性の視点が重要であることはいうまでもない。さらに、実証的に研究をすすめるにあたって調査などを行う場合、個別の学習者像を描くことを意図するか、多くの人々に共通する普遍的な要素の抽出を目的とするのかによって、採用されるべき方法は異なるであろう。また、普遍的な要素の抽出を念頭に置く場合であっても、そのサンプリング方法によっては、逆に特殊性が照らし出されることにもなりかねない。
 学習行動の特殊性のみを追い求めれば普遍性を見失うことになり、普遍性が過度に強調されれば特殊性が埋没しかねない。人間の学習行動が多様であるという前提に立てば、特殊性の探究は学習理論研究の絶対条件ともいえよう。しかし、それにとどまらず普遍性を探究していく試みは、学習理論研究にさらなる深みを与えることになるであろう。
 
 
 
  参考文献
 
 
 
 
  



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