生涯学習研究e事典
 
登録/更新年月日:2006(平成18)年8月29日
 
 

公共性と生涯学習 (こうきょうせいとしょうがいがくしゅう)

publicness and lifelong learning
キーワード : 公共性、新しい公共、社会規範
坂口緑(さかぐちみどり)
1.公共性と生涯学習
   
 
 
 
   辞書の定義によると、公共性とは「広く社会一般に利害や正義を有する性質」である。一部の限られた対象ではなく、「社会一般」に関して「利害」や「正義」という点で影響を及ぼす事象を、私たちは「公共性」を有すると理解する。ただし社会思想史をたどると、「公共性」概念は「公開性visibility」と「集合性collectivity」という二つの特徴をどの程度取り入れるのかによって、理解を異にしてきたことがわかる。公開性とは、公私の違いを公開されたものと隠蔽されたものとの区別に求め、オープンでアクセス可能な「透明性transparency」にたいして公共性を見いだす基準であるまた、集合性とは、公私の違いを個に属するものと集団に属するものとの区別に求め、集合的で個に限定されない共同的なものにたいして公共性を見いだす基準である。たとえば、市場を重視するロックやアダム・スミスの社会観は、集合性よりも公開性を、また国家の枠組みを重視するホッブズやベンサムの社会観は、公開性よりも集合性という特徴を公共性の基準としてより強く採用している立場だと理解できる。したがって、公共性とは、透明性を重視する公開性と、共同性を重視する集合性とが社会一般にとってどのように利害や正義に影響を及ぼしているのかという点を見極める際の視点であると定義することができる。
 このような公共性という概念と生涯学習という実践が、いったいどのように関連しているのだろうか。生涯学習という営みを、学習者の意欲を充足し目標を達成しながら自己充足する不断の活動であると同時に、そのような学習を社会が可能にするための望ましい条件について精査し整備する活動だと理解するならば、あらためて論じることもなく、公共性と生涯学習は密接な関係にある。しかし日本において、両者の関連についてあらためて議論されるようになったのは、1980年代後半になってからだった。
 昭和59(1984)年から昭和62(1987)年のあいだに四次にわたる答申を発表した臨時教育審議会では、教育政策に関する大きな転換が示され、その際に生涯学習施策における学習機会の提供について国家などの公共セクターと市場などの民間セクターがどのような役割分担をはたすべきかという論点をめぐり、生涯学習の公共性があらためて議論されるようになった。その後、学習機会の提供という面にのみ注目しても、国家や企業だけではなく、家庭や地域、NPO、ボランティア団体など多様な集団が実際に活動していることが明らかになり、生涯学習における「社会一般」にとっての「利害」や「正義」があらためて意識されるようになった。さらに2001年、文部科学大臣による諮問「青少年の奉仕活動・体験活動の推進方策等について」の諮問理由や、「教育振興基本計画の策定と新しい時代にふさわしい教育基本法の在り方」の審議過程において、「新しい公共」というキーワードが浮上してきた。これは、個人の主体性や自発性を尊重しつつも教育をとおして「公」としての「社会規範social norm」の維持を可能にしようという意図が込められた用語であり、学校教育も生涯学習も含む日本の教育政策を方向付ける用語のひとつであるが、その意味をめぐる議論は現在も続いている。
 
 
 
  参考文献
・渋谷英章「公共性の転換と生涯学習」日本生涯教育学会年報第24号、2003年
・佐々木毅・金泰昌編『公共哲学2 公と私の社会科学』東京大学出版会、2001年
・Hillel Steiner, The ‘Public-private’ Demarcation, in: Maurizio Passerin d’entreve/ Ursula Vogel eds., Public & private, Routledge, 2000
 
 
 
 
   



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