登録/更新年月日:2011(平成23)年12月27日 |
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「教育資源としての社会人ボランティア」とは、地域の社会人とりわけ長年意図的に生涯学習に励んできた社会人を、大学の教養の授業等に参画してもらって、教育資源としてその人材力を発揮してもらうことをいう。 徳島大学では知の循環型社会の構築を目指して、学内にある生涯学習センター(徳島大学開放実践センター)の受講生に公募して、一部教養科目に社会人ボランティア(大学教育ボランティアともいう)として授業に参画してもらっている。そしてこのように生涯学習者の教育能力を活用していこうという試みは、地方都市の徳島市でも、公民館の講座の受講生の中から次の講師を育成・採用していこうということが行われているようである。 その一方で、生涯学習者が教育資源としてどのような能力を発揮するかということについては、このようなプロジェクトの実施以前に探求されていたわけではない。中恵・吉田はこの課題にこたえるべく、徳島大学において2009年後期に開講された社会人ボランティアの参画している授業の中から、科目名「生き抜く力をつける」(香川順子准教授担当)の授業をビデオ録画し、エスノメソドロジー・会話分析の手法から、考察を行った。 結果として、いくつかの注目すべき社会人ボランティアの授業内活動があった。まず、学生と対比して、社会人ボランティアが発言を行う際は、発言権の許可を教員から取得する活動を常に行うこと。基本的に体験に根ざした話題で教員の知識との差異化を行って教育活動を行うこと。また知識に基づいて学生とディスカッションを行う際には、レジュメや文献などの授業当日に配布された資料に目配りしつつ、何に関連して発言を行っているかを明示しながら、発言を行うというように配慮していることである。 すなわち、社会人ボランティアは教員と差異化を図りながら教育活動に従事するのであるが、それは、3年時、4年時の専門のゼミなどにおいて身についておいてほしい学習能力を、模範的に例示する活動に従事しているようだと見ることができる。しかしながらそれは生涯学習者としての経験がある社会人ボランティアが集まったこの事例において限定的に認められるものである。中恵が参与観察した他の授業では、生涯学習の蓄積がない、つまり授業という制度的場面に習熟していない社会人が参画しており、発言権などをめぐっていくつかの混乱が生じていることもあった。従って、ここでは生涯学習者の教育資源としての人材力が認められるとともに、広く社会人に大学教育に参画してもらうに場合には事前のミーティングや研修活動などの実施が求められると言えよう。 br> |
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参考文献 ・中恵真理子・吉田博『生涯学習者が培った教育資源としての能力――社会人ボランティアを活用した教養教育をふまえて』第31回生涯教育学会発表レジュメ、2010年 |
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