生涯学習研究e事典
 
登録/更新年月日:2007(平成19)年3月28日
 
 

学習・秘められた宝 (がくしゅう・ひめられたたから)

Learning: the Treasure Within
キーワード : 21世紀教育国際委員会、ジャック・ドロール、UNESCO、学習の四本柱
岩崎久美子(いわさきくみこ)
2.『学習:秘められた宝』に見る生涯学習の視点
  
 
 
 
   「秘められた宝」の表題は、ラ・フォンテーヌの寓話「農夫とその子供たち」に由来する。農地の中に宝物が隠されていると死期に際した農夫の父親に言われた子どもたちは、その後農地を深く掘り起こす。しかし宝物は見つからない。そのかわりよく耕された農地からは翌年豊かな収穫が得られる。農夫は死に際して子供たちに労働することこそが宝であることを教えようとしたという寓話である。ここでの労働を学習におきかえ、自分の中のある潜在的な能力、それを秘められた宝にたとえ、それを掘り起こす学習というプロセスこそが大事であるとのメッセージが表題にこめられてある。
 報告書は、1)教育と文化、2)教育と市民性、3)教育と社会統合、4)教育・労働・雇用、5)教育と開発、6)教育研究・学術の6つに基本軸をおいているが、委員であった天城勲氏は、自由討議の中で意見は拡散しがちで報告書への集約に苦労があったこと、学校についての議論が手薄であったことを報告書の「日本語訳まえがき」で述べている。このことから、学校を中心に具体的に教育実践を語るのではなく、広く社会や個人の生涯にわたる学習という行為を理念的にまとめようとしたドロール委員長の主潮が見受けられる。ドロール委員長の序文には「生涯学習の理念は21世紀の扉を開く鍵」と書かれており、そこには「学習社会」への移行の必要性と生涯学習概念の拡充の意図がうかがえる。報告書の内容は、人類発展のための教育のあり方として、教師の役割・研修・地位・労働条件から、生活や職業のためのテクノロジーの習熟などまで広く検討するものであり、全体として、教育に関係するあらゆる人々を想定した未来への教育ストラテジーを提示している。
 特に、この報告書を有名にしているのは、委員会が掲げた教育の基本としての「学習の四本柱」である。その四本柱とは、「知ることを学ぶ」(learning to know)「為すことを学ぶ」(learning to do )「人間として生きることを学ぶ」(learning to be)、そして、「共に生きることを学ぶ」(learning to live together)である。その四つの柱は生涯にわたる発達的要素を内在し、知るという個人的欲求から共に生きる他者へと視点が拡がっている。特に、「共に生きることを学ぶ」という他者との関係性を意図する柱は今日的課題を具現化したものであり、教育の倫理的・文化的側面を強調している。これらの柱は、21世紀に生きるわたしたちにとって、学ぶことの目的や目標を明示しているものでもある。
 これまでの歴史を見れば、人の生存に必要な資源や財貨に関し19世紀の終わりまでは成長型競争が可能だった。しかし、急速に限られたパイの取り合いといったゼロサム型に傾く中で、二度の世界大戦が引き起こされた。現在は勝ち負け以前に参加自体が消耗する競争になってきていると言われる。これからは、限られたものを強いもの同士が奪いあい戦争に至るのではなく、共生する社会が人類生存の前提である。つまり、競争社会の行き詰まりを見れば、共生社会への移行は必須なのである。その意味で、『学習:秘められた宝』は、未来の教育の方向性を探る中で、他者との共存・共生を学習によってもたらそうとする、国際社会の教育を通じた平和への期待を掲げたものだとも言えよう。
 
 
 
  参考文献
・東洋『子どもの能力と教育評価』(第2版)東京大学出版会2001年
 
 
 
 
  



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