生涯学習研究e事典
 
登録/更新年月日:2006(平成18)年1月27日
 
 

伝統文化関連の学習機会 (でんとうぶんかかんれんのがくしゅうきかい)

educational accessbility to learning opportunity Japanese traditional arts
キーワード : 伝統文化関連学習、稽古事、カルチャースクール、座、家元制度
丸山登(まるやまのぼる)
2.伝統文化関連学習における家元制度
  
 
 
 
   今日の日本において、生涯学習社会が真の意味で形成されるか否かの鍵は、日本人が歴史的に培ってきた伝統芸能における教育哲学や教育方法を、現代人の感覚や視点からいかに捉え直すかにあるといっても過言ではない。歴史的経緯をみると中世の座における芸能の集いや徳川時代における家元制度による諸芸の学習活動は、日本の生涯学習の原初的形態であると同時に、現代の生涯学習においても捉え方によっては、その意義や価値を全く失ってはいない。自治体の講座であれ、民間の生涯教育事業者によるカルチャースクールであれ、いけばな、茶道、香道などの伝統諸芸の稽古事は家元制度による諸集団との提携なくしては成立しない。
 座や家元制度についての歴史社会学的考察としては池上英子の最新の研究がある。徳川幕府成立後、幕藩体制のヒエラルキーは横断的な座の文化的ネットワークの存続を表向きは許容せず、代わって登場したのが家元制度による遊芸の稽古であった。家元制度の歴史的研究については、川島武宜、西山松之助、守屋毅、熊倉功夫氏らの研究が代表的である。こうして日本における家元制度は、主として伝統芸能において強い絆で結ばれた師弟関係と結社性によって相伝されてきた教育形態である。
 伝統芸能の家元制度が成立したのは18世紀である。長い平和が続く当時の社会において伝統芸能に対する人々の関心が高まり、稽古人口が増大していったことが背景となったからである。いつの時代においても学習意欲を持つ人々の存在と、それがもたらす学習指導者人口の規模が学習機会存続にとり不可欠な前提条件となる。
 伝統芸能の稽古事は、20世紀に入ってもその歴史や伝統に影響されながら、サービスの学習対価を外側から見えにくくしたことが、むしろ戦前から戦後のある時期までは、上流階層の学習者吸引につながっていた。そこには経済的、社会的、文化的なゆとりのない人では伝統芸能のめざす究極の領域に到達する学びが出来ないとする家元制度関係者側の見解もあった。一方、現代においては島根県松江市の「松江城大茶会」行事(日本教育社会学会第47回大会にて報告)に参加している茶道諸流派、とりわけ、煎茶道方円流に見られるように、現代における高齢化社会の生涯学習の流れも的確に把握し、市民に対する積極的なアプローチも図っている流派もある。
 この学習者のすそ野を拡大しようとする流派側の意欲は、従来の家元制度関係者に固有とされていた特権意識、高価な道具、着物がないと学べないというような庶民とは隔絶された人々の趣味としての伝統文化というイメージを払拭して、一般市民の生涯学習の牽引者たろうとする開かれた姿勢につながっている。そうした努力にもかかわらず、家元制度のお稽古事の学習者が増加しないことについては、「授業料のあり方」及び「学習評価基準のあいまいさ」がネックとなっていることが内外から指摘されている。とくに近年、カルチャースクールなどの近代経営の学習機関と比べると、諸段階で必要となる費用が不明瞭であるという点は、稽古をしたいという意欲はあっても、もう一つ踏み込めない障壁になっていることは言うまでもない。今後、伝統文化のお稽古事とはいえ、生涯学習や教育の一環である以上、市場におけるサービス供給者と受講者=消費者という関係が働いているという近代資本主義の市場原理をどう意識化してゆくことが不可欠であろう。
 
 
 
  参考文献
・林屋辰三郎著『中世藝能史の研究』岩波書店、昭和35年
・川島武宜著『イデオロギーとしての家族制度』岩波書店、昭和45年
・熊倉功夫著『近代茶道史の研究』日本放送出版協会、昭和55年
・西山松之助著『家元の研究 西山松之助著作集第一巻』吉川弘文館、昭和57年
・守屋毅著『近世芸能文化史の研究』弘文堂、平成4年
・池上英子著『美と礼節の絆―日本における交際文化の政治的起源』NTT出版、平成17年
 
 
 
 
  



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