生涯学習研究e事典
 
登録/更新年月日:2006(平成18)年1月27日
 
 

中国の高等教育独学試験制度 (ちゅうごくのこうとうきょういくどくがくしけんせいど)

higher education examination system for self-taught learners in China
キーワード : 中国、高等教育、試験制度、教育と試験の分離、学校教育化
南部広孝(なんぶひろたか)
1.中国の高等教育独学試験制度
   
 
 
 
   中国の高等教育独学試験制度は,個人が自らの学習を通じて得た知識や技能を国が試験によって認定し,高等教育修了学歴を与える制度である。この制度の特徴として以下の3点をあげることができる。第1はアクセスの開放性であり,性別や年齢,民族,試験参加以前に受けた教育のレベル等にかかわりなく,ほとんど誰でも試験に参加することができる。第2は学習の柔軟性である。制度の名称が示すとおり,想定されている主要な学習方法は試験に参加する個人の独学であるが,その独学も含めてどのような学習方法を選ぶかは問われない。これに加えて,修業年限が決められていないことから,学習のペースも試験参加者が自ら設定できる。第3は「教育と試験の分離」である。独学の場合このことは当然であるが,試験参加者が何らかの学習支援を受ける場合でも,支援を行う主体と試験を行う主体が異なることが原則になっている。
 この制度は1980年に北京市で試験的に導入され,天津市などでも試行が行われた後,1983年から全国への普及が進められた。そして1985年までにはすべての省・自治区・直轄市で少なくとも1度は試験が実施された。1988年に制定された「高等教育独学試験暫定条例」では,それまでの展開をふまえて,この制度がたんなる試験制度ではなく,個人の独学や社会による学習支援活動も重要な構成要素であることが強調され,全国的な制度として展開していくのに必要な管理運営体制が整えられるとともに,専攻の開設や試験実施の原則が規定された。
 1990年代に入って以降,上記「条例」をよりどころとしつつ,さらなる拡充が進められた。それと同時に,いくつかの変化がみられた。第1に,試験参加者の量的拡大が生じるとともに,その若年化・高学歴化が進んでいる。第2に,「条例」で学習支援組織が行う学習支援活動の促進が謳われたこともあり,多様な学習支援組織によってさまざまな活動が展開されるようになっている。第3に,開設される専攻は,社会の需要を反映して基礎科学的な分野よりも応用科学的な分野のものが多くなるとともに,個々の専攻で課される試験科目も従来に比べれば学習後役に立つことがより重視されるようになってきている。すなわち,学習内容の有用性の重視という傾向がみられる。
 試験参加者数は基本的に増加を続け,2000年下半期の試験では682万5987人に達した。ただしその後は横ばいないし減少傾向に転じている。
 生涯学習の観点からみれば,この制度が持つアクセスの開放性や学びの自由度の高さは,人びとを生涯学習に向けて導くことが可能であり,この制度はそのような役割を一定程度果たしていると考えられる。しかし一方で近年,試験参加者が若年化するとともに高学歴化し,また学習の方法も学習支援組織へ通って教育を受けることが多くなっている。つまり制度設計としてはすべての人に対して自由な学びが認められているにもかかわらず,試験参加者は特定の範疇にとどまり学習は「学校教育化」しているのである。これに加えて,開設されている専攻は応用的な学問分野に偏っており,学習者の多様な興味や学習意欲にもとづくというよりは社会に有用な人材の育成という観点がより強く出ている。このような状況においては,結果的に生涯学習体系の構築においてこの制度が果たす役割は限定的にならざるを得ない。
 
 
 
  参考文献
南部広孝「文革後中国の高等教育における独学試験制度の役割」『比較教育学研究』第20号,1994年
南部広孝「中国の高等教育独学試験制度に関する一考察−開設専攻の分析−」『大学論集』第30集,広島大学大学教育研究センター,2000年
南部広孝「中国における生涯学習支援システムとしての高等教育独学試験制度」『日本生涯教育学会年報』第21号,2000年
南部広孝編訳『中国高等教育独学試験制度関連法規(解説と訳)』(高等教育研究叢書65)広島大学高等教育研究開発センター,2001年
 
 
 
 
   



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