生涯学習研究e事典
 
登録/更新年月日:2023年8月11日
 
 

建築物全体を活用した親子参加型ワークショップの開発と実践(けんちくぶつぜんたいをかつようしたおやこさんかがたわーくしょっぷのかいはつとじっせん)

キーワード : 親子参加型ワークショップ 、遊びの連続 、旧河澄家
八田 友和(はった ともかず)
 
 
 
  1.はじめに
1)実践の背景と目的
 本稿の目的は、建物全体を活用した親子参加型ワークショップ(以下、WS)の在り方を、「東大阪市指定文化財旧河澄家(以下、旧河澄家)」で行ったWSを事例に提案することにある。筆者が所属する特定非営利活動法人ちゃいれじ(以下、ちゃいれじ)は、関西圏を中心に活動している団体で、関西の学生を中心に、学芸員、大学教員、高校教員、臨床心理士といったメンバーで構成されている。子どもを主対象としたWS事業を中心に行っており、団体名の「ちゃいれじ」は、「子ども(チャイルド)」と「回復力・反発力(レジリエンス)」の造語である。歴史に関するWSを行うことが多いため、博物館や文化遺産でWSを行うことが多々ある。いくつかのWSにスタッフとして参加するなかで、(1)参加者がWSに熱中するにとどまり、保護者が傍観者になってしまう点、(2)ワークショップを行う空間に着目した際、博物館や歴史的建築物でワークショップを行っているにも関わらず、建物自体にまで目が向きにくい点、の2点が課題であると感じていた。これは、筆者の団体で実施するWSに限ったことではなく、博物館や歴史的建築物でWSを行う団体の多くが痛感する課題ではないだろうか。これら2つの課題の克服を目指すWSのモデルを開発・実践することで、この課題に応えたい。
 以上を受け本稿では、2018年に旧河澄家で実践した、建物全体を活用した親子参加型のWS事例について整理・提示する。

2)旧河澄家とは
 旧河澄家は「生駒山山麓の大阪府東大阪市日下町に位置する庄屋屋敷である。南北朝時代の応安2(1369)年に入滅した日下連河澄市大戸清正に遡り、江戸時代には代々作兵衛を名乗り、日下村の庄屋を務めた旧家である(旧河澄家HPより引用)」。河澄家は、長い歴史において、地域の発展に貢献し、秀でた人物を何人も輩出している。旧河澄家は、3棟の建物と主庭、裏庭、「日下のかや」として東大阪市の天然記念物に指定されたカヤの木を敷地内に有している。本稿では、旧河澄家で行った親子参加型のワークショップについて、その概要を整理する。

3)実施概要
3−1)W S 名:「○○ミリョク発見隊!さわって?パシャって!みぃ〜つけた!」
3−2)開 催 日:2018年8月5日(日)
3−3)開催時間:13時〜16時(実施時間中は随時受付)
3−4)開催場所:東大阪市指定文化財 旧河澄家
3−5)参 加 費:無料
3−6)参加人数:13人(うち子ども6人、大人7人)
3−7)実施方法:企画・進行をNPO法人ちゃいれじのメンバーが担当し、会場の提供およびWS実施における諸注意を旧河澄家職員が行った。
3−8)共  催:旧河澄家
3−9)広 報 等:旧河澄家ホームページ
3−10)WSの流れ:今回のWSは「第1段階 アイスブレイク」「第2段階 館内見学」「第3段階 キューブを活用したワーク開始」「第4段階 スマホで記念撮影&印刷」「第5段階 発表タイム」の5つに大別することができる。
 
 
 
  2.ワークショップの内容
1)アイスブレイク
 本WSでは、二つのアイスブレイクを行った。
 まず、名札作りである。この名札作りでは、100円ショップで販売している白地のシールに、WS参加中に呼ばれたい名前を記入してもらうものである。もちろん、ちゃいれじメンバー含め、運営側も呼ばれたい名前をシールに記入して、服の上から貼り付ける。あだ名や「ひめ(姫)」といったユニークな名前を考え、記入している姿が印象的であった。
次に、クチノマにある畳の上に横になり、天井に向かって大声を発するアイスブレイクを行った。「天井からホコリが落ちてくるくらい大きな声を出そう」と声をかけながら、参加者とスタッフで交互に大きな声を出した。この2つのアイスブレイクを通して、参加者とファシリテーターの双方が、コミュニケーションを図り、心の垣根を取り払った。

2)館内見学
 アイスブレイクを行ったのち、参加者を2つのグループに分けて、館内見学を行った。この館内見学では、旧河澄家の細部を確認するのではなく、建物がもつ雰囲気や全体像を把握させることを目的とした。なかには、リラックスして見学をしている参加者も見受けられ、参加者のペースで館内を見学することができた。子どもたちからは「となりのトトロの家みたい!」などの発言があった。その後、参加者全員でクチノマに戻り、館内建学を終了した。

3)キューブを活用したワークの開始
 続いて、子ども達が思い思いにキューブを選び、キューブに書かれているヒントをもとに、旧河澄家を歩き回った。「さっきあった!」「似ているけど、ここじゃない!」と言いながら探し回る子どもたちや、黙々と目的地を探している子どもたちの姿が印象的であった。どうしてもわからない場合は、スタッフが少しずつヒントを出しながら、子どもたちに考えてもらうようにした。なお、本WSは、子どもたちに課されたミッションと、大人に課されたミッションに分けられる。子ども達が、キューブの情報をもとに、旧河澄家内を歩き回っている時、「子どもたちの良い顔を撮影する」というミッションを保護者に課している。保護者が置き去りにもならず、傍観者にもならないWSを目指した。WS後に、その話題や感情を共有する相手(保護者)がいることで、子どもたちの感動や気づきが増えると考えている。

4)写真の撮影と現像
 スマートフォン(以下、スマホ)で写真を撮影後、簡易プリンターを使用して、写真の現像を行った(スマホを専用の機械に設置し、レバーを回すと写真が現像できる仕組みになっている)。現像した画像は1分ほどで鮮明に浮かび上がってくる。その後、写真の余白部分に見つけた時の思いや感想などを書き込んでもらった。これ以降は、第1段階から第5段階までの作業を繰り返し、現像した写真を手元に集める作業を繰り返した。

5)発表タイム
 次に、現像した写真を、大きなボードに貼り付けた。そして、貼り付けた参加者から順に「どこにあったのか」「どのような気持ちになったのか」などについて発表してもらった。ここで、全体会は終了となるが、ここから子どもたちの後半戦がはじまった。まだ使っていないキューブを使ってミッションのコンプリートを目指す子どもや、館内を探検する子どもたちの姿を確認することができた。なお、現像した写真を貼り付けたボードは、その後旧河澄家にて1か月ほど展示していただいた。
 
 
 
  3.さいごに(本研究の成果と課題)
1)本研究の成果と課題
 本稿では、建物全体を活用した親子参加型WSの在り方を、旧河澄家で行ったWSを事例に提案してきた。本WSの成果として、主に二点挙げられる。
 第一に、建物全体(資料・家屋・空間など)を活用したWSを実現できた点である。ここでいう建物全体の活用は、家屋やそれを構成する柱や屋根にとどまらず、空間や残された思い出も含めた活用を指している。近年、美術館や博物館を訪れる際、展示やコレクションだけでなく、建物そのものに着目して、見学・鑑賞する動きもある。日本家屋もまた、建築物として注目されているが、老朽化や西洋化の影響を受け、失われつつあるといえる。そのようななか、旧河澄家(日本家屋の文化財)を舞台に、建物全体を活用したWSを行ったことにも意味があると考えている。
 第二に、親子それぞれにミッションを課すことで、親子参加型WSを実現できた点である。本WSでは、参加者と保護者が一緒に観察や写真撮影を行うことで、はじめてWSが成立する。それにより、保護者は「傍観者」から、子どもと一緒にミッションに立ち向かう「協力者」になる。また、親子で参加することにより、WSに参加して感じたこと・考えたことを、WS終了後も共有することができる。
 一方で、課題も二点指摘できる。
 第一に、子どもたちからの「声」を活かしきれなかった点である。具体的には、WS中に子どもたちから発せられた「あそこには何があるの?」「蔵に入ってみたい!」といった言葉を丁寧に拾い上げて、WSの方向や目指すゴールを変える必要があった。今後、WSの見直しを行う際、タイムスケジュールに余白や余裕をもたせることにより、子どもたちが感じた疑問や質問に向き合う時間を確保したい。
 第二に、継続した関わりや調査が行えなかった点である。旧河澄家でのWSは1年を通してこの1回だけであり、継続的な取り組みができなかった。また、「参加者がWS後も旧河澄家を訪れたのか」など、WS後の子どもたちの実態についても調査することができかった。今後は、WS当日の準備を計画的に行っていくことはもちろん、WS前後の計画も綿密に立て、施設と連携した計画的・継続的な実践につなげていきたい。

2)さいごに
 筆者は、拙稿「手作り真弧ワークショップ」において、WSを「遊びの連続」であると形容した。それは、WSを通じて作り上げた完成物や作品そのものよりも、WSの過程で行う、「遊びの連続」が何よりも大切だと考えているからだ。参加者が一つ一つの「遊び」を通して、新しい発見や驚きを繰り返すことで、参加者の内面やその後の思考や行動に変化をもたらすと考えている。しかし、「遊びの連続」が有効に機能するためには、アイスブレイク・ワーク・振り返りが連動し機能することが必要不可欠である。アイスブレイクで緊張をほぐし、心の垣根を取り払い、ワークでは遊びの連続を体験し、振り返りでは新たな発見や感動を全員で共有する。WSという集団の体験のなかで、個々人が行うそれぞれの「遊びの連続」を共有することで、発見や感動は増幅されると考えている。

謝辞
今回のワークショップ実施にあたって、会場準備や当日の広報など、お手伝いしてくださった旧河澄家の職員、堀木昌彦さん。ワークショップで使用したキューブを作成してくださった桑田知明さん、そのほか、多くの方々にご協力をいただきました。記して御礼申し上げます。なお、本実践を行うにあたって、子どもゆめ基金から助成金をいただきました。記して御礼申し上げます。
 
  (参考文献)
・八田友和「建築物全体を活用した親子参加型ワークショップの実践」『日本生涯教育学会論集42』pp.85-92 2021年
・今井和子編『遊びこそ豊かな学び 乳幼児期に育つ感動する心と、考え・表現
する力』ひとなる書房2014年
・倉科勇三『ワークショップのためのワークショップ』芦屋市立美術博物館2005年
・しみずみえ『あそびのじかん-こどもの世界が広がる遊びとおとなの関わり方-』
英治出版2016年
・鈴木康二「考古学/考古資料のさらなる活用と生涯学習」『考古学研究』第65巻第4号pp.1-5、2019年
・鈴木康二「未就学児と歴史系ワークショップについての予察」『紀要』第33号、公益財団法人滋賀県文化財保護協会、pp.76-80、2020年
・中野民夫『ワークショップ-新しい学びと創造の場-』岩波新書2001年
・八田友和「手作り真弧ワークショップ−「遊びの連続」が織りなす歴史系ワークショップの実践−」『日本生涯教育学会論集39』pp.145-152 2018年
・広瀬浩二郎編『ひとが優しい博物館 ユニバーサルミュージアムの新展開』青
弓社2016年
・和崎光太郎「保育・幼児教育における「環境」領域と地域博物館」『浜松学院大学短期大学部研究論集』第17号2020年
・東大阪市文化振興協会『東大阪市指定文化財 旧河澄家年報−平成30年度−』2019年
・旧河澄家公式ホームページ(最終確認2023年4月8日)
 http://www.kyu-kawazumike.jp/
・ひょうごボランタリープラザ「特定非営利活動法人ちゃいれじ」(最終確認2023年4月8日)
https://www.hyogo-vplaza.jp/c2/givinginfomation/information/posted_ev_info/ev_archive/archive_ev.html/uid/46769/
 
 
 
 
   



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