登録/更新年月日:2022年10月16日
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1.「ことば」の学びを通した「生活から人生への視野の拡がり」 「ことば」は、人の生や生活とは切り離すことはできない。ロシアの哲学者であり、言語思想家であるミハイル・M・バフチン(1980)によると、「ことば」とは「語り手・聴き手の言葉による社会的な相互作用」のなかに実現される「絶えざる生成の過程」である。そして、その相互的な人間の対話関係とは「あらゆる人間の言葉、あらゆる関係、人間の生のあらゆる発露、すなわちおよそ意味と意義を持つすべてのものを貫く、ほとんど普遍的な現象」(バフチン、1995、p.82)である。つまり、人は「生きる」なかで、「ことば」を用いて、他者とともに継続的、そして恒久的に対話を続けている。したがって、「ことば」と「生きる」ことは、相即不離の関係にある。 上述したような関係性は、「ことば」を学ぶという行為に視点が置かれた場合、捉えにくくなる傾向にある。なぜなら、「ことば」の学びにおいては、「ことば」の生活における表現手段や他者とのコミュニケーションツールという側面が焦点化される傾向があるからである。しかしながら、上述したとおり、「ことば」が「生きる」ことと相即不離の関係にある以上、「ことば」の学びも単にことばによる表現やコミュニケーション方法を学ぶことにとどまらない。「ことば」の学びを通し、人は、動態的に、瞬間瞬間から日々の生活へ、日々の生活から人生へと自らの視野を拡げていく。そのように視野を拡げることで、人生を創造していくことができる。 このような言語観に基づくと、「学習と人生のつながり」は次のように捉えられる(山内、2022、p.77)。 ・「学習と人生のつながり」とは、人が、生きている歩みや生きていく展望を構築することにある。 ・学習とは、生活活動であり、社会活動である。固定的な「知識」の習熟にとらわれるものではなく、人格の形成、生きる意味、あるいは自身の存在意義に対する熟考が行われる。 ・学習の過程においては、「ことば」を用いた他者との対話を通し、協働的に環境を構築することが目的とされる。協働的に構築された環境においては、他者との関係性や必然性により、意味内容が決定される。 「ことば」を学ぶことにより、生活から人生へと学習者の視野が拡がっていく過程で、「学習と人生のつながり」がつくられていく。例えば、外国語学習者においては、学習の開始時には、より生活に密着した視点に基づき、「将来に学習言語や学習言語を使用する国に関する知識あるいは能力を用いて、何をしたいのか」を問いとし、学習が進められる。しかし、そのような単線的視点は、学習を継続していくなかで、「自身の人生をどのように描きたいのか。そこに何が関わるのか」を問いとする複線的視点へと変容する。つまり、単線的な「外国語学習から人生を視る」視点から、複線的な「人生から外国語学習を視る」視点へという変移が生じる。複線的な「人生から外国語学習を視る」視点においては、将来あるいは現在と自らが学習している外国語との結びつきが存在することが前提とされない。そのため、学習者は、複線的な「人生から外国語学習を視る」視点に基づき、日々の生活から人生へと自らの視野を拡げていくなかで、自らが「生涯学習者」であることを想起するとともに、自らの生き方を問い直す。 |
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(参考文献) ・バフチン、M.『言語と文化の記号論(ミハイル・バフチン著作集4)』(北岡誠司訳)新時代社、1980 ・バフチン、M.『ドスエフスキーの詩学』(望月哲男・鈴木淳一訳)筑摩書房、1995 ・山内薫『「ことば」の学びに寄り添う日本語教育―「学習と人生のつながりの軸」の形成と意識化をめざして―』くろしお出版、2022 |
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2.「生活から人生への視野の拡がり」を目的とする言語教育 先述したように、「ことば」と「生きる」ことは、相即不離の関係にあり、「ことば」の学びを通し、生活から人生へと視野が拡がる。視野の拡がりとともに「学習と人生のつながり」がつくられていき、単線的な「言語学習から人生を視る」視点から、複線的な「人生から言語学習を視る」視点へという変移が生じる。そして、このような複線的な「人生から言語学習を視る」視点に基づき、人は、日々の生活から人生へと自らの視野を拡げていくなかで、自らが「生涯学習者」であることを想起するとともに、自らの生き方を問い直す。 このような「ことば」の学びのあり方に鑑みると、言語教育の目的を「生活から人生への視野の拡がり」とすることが必然となる。上記のような「生活から人生への視野の拡がり」を目的とする言語教育の考え方を基にシラバスや授業を設計するとすれば、その〈到達目標〉は次のようになろう。 【省察や他者とのコミュニケーションを積み重ねるなかで、自己表現力が育成される過程において、自己や自己と他者の関係を、その瞬間や日々の生活のような狭い視野に留まらず、人生のような広い視野で捉えられるようになること】 このような到達目標を基に、生活から人生へと視野が段階的に拡がっていくような〈コース設計〉を行う。また、実際に授業を行うにあたっては、自己を表現するということを理論的・実践的に学ぶ〈場〉及び「学習と人生のつながり」を実感できるような〈活動〉をつくることが課題となろう。 「生活から人生への視野の拡がり」を目的とする言語教育においては、言語教育ならではの〈教室〉のあり方にも注目する必要がある。フィンランドの成人教育学者であるユーリア・エンゲストローム (1999/1987)は、社会的構成主義(social constructivism)を基盤とする「拡張的学習(expansive learning)」という概念を提案した。拡張的学習は「行為者たちがみずからの活動システムのなかで発達的な転換を生み出そうとする努力のなかから現れ、そのようにして行為者たちは集団的な最近接発達領域を超えていく」(前掲、p.5) 際に発生する。学校において拡張的学習が行われる場合、教室における学習は社会活動と捉えられる。一人ひとりの言語学習者は、教室という社会に参加する過程で、ことばにより自己を表現することを学ぶ。一方で、教室の意味づけは、個々の学習者により異なる。また、その意味づけも言語学習経験を重ねるなかで変容する。 さらに、言語教育においては、専門的な内容を学ぶことが目的とされる教科教育や専門教育とは異なり、教室が学生の日常生活の空間のひとつと位置づけられる。具体的には、「教室の「外」の学びが、教室の「内」の学びを補完あるいは補助する関係に留まらず、その関係性が反転していたり、教室の「内」と「外」の学びが同等の価値をもつものとして統合されたりすることも、「ことば」の学びにおいては起こりうる」(山内、2022、p.277)。つまり、「ことば」を学ぶ学習者は、教室の「内」と「外」の関係性を言語学習環境の変化や言語学習経験の蓄積、自身の言語学習に対する意識化などに応じ、変容させていく。したがって、言語教育においては、教科教育や専門教育とは異なり、教室の「内」での学びが、学び手にとっての「学び」の中心となるとは限らないということを考慮する必要がある。 |
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(参考文献) ・エンゲストローム、Y.『拡張による学習―活動理論からのアプローチ―』山住勝広・松下佳代・百合草禎二・保坂裕子・庄井良信・手取義宏・高橋登(訳)、新曜社、1999(Engestrom、 Y. Learning by expanding: An activity-theoretical approach to developmental research. Helsinki : Orienta-Konsultit、1987) ・山内薫『「ことば」の学びに寄り添う日本語教育―「学習と人生のつながりの軸」の形成と意識化をめざして―』くろしお出版、2022 |
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3.「生活から人生への視野の拡がり」を目的とする言語教育実践の事例 本項では、「生活から人生への視野の拡がり」を目的とする言語教育実践の事例を紹介する。本実践では、学部生1年次対象科目「口頭表現トレーニング」(2017〜2019年度、都内私立大学)において、履修生が、待遇コミュニケーション論、コーチング技法やプレゼンテーションの方法を取り入れた講義と実践で学んだことを活かし、ライフストーリーインタビューを行うという言語教育の活動が実施された。本実践の到達目標は、【様々な口頭表現トレーニングを経験することにより、自己表現力が育成される過程で、省察や他者とのコミュニケーションにおいて、自己や自己と他者の関係を、その瞬間や日々の生活のような狭い視野に留まらず、人生のような広い視野で捉えられるようになること】である。本科目(全15回、各90分)の授業計画表は以下のとおりである。 第一回 オリエンテーション:授業の概要/日本語の魅力 第二回 自己紹介:自己紹介シート作成/自己紹介 第三回 自分の日本語口頭表現力:使用環境(場・相手)による聞き方・使い方の検討 第四回〜第六回 待遇コミュニケーション:敬語とコミュニケーション、丁寧さとコミュニケーション、面接とコミュニケーション 第七回〜第八回 コーチング:コミュニケーションの捉え方/傾聴技法/内省・自己他者理解 第九回 プレゼンテーション:プレゼンの方法/口頭表現力の自己モニター検討 第十回〜第十四回 ライフストーリーインタビュー: 1)インタビューの方法、関心テーマ・相手の検討 2)質問項目の検討/ディスカッション/模擬インタビュー 3)発表 第十五回 将来の展望:グローバル化社会と将来像・キャリアデザイン 本実践では、第九回までは「生活」を軸に、まず、最も身近な日本語という「ことば」への注目を促すとともに、「ことば」と表現の関係性に対し意識化を促す。つぎに、どのように「ことば」を用いていた/いるか、また、過去・現在の生活のなかでどのような他者と、どのような交流をつくりだしていた/いるかという観点でこれまで及び現在の自身の生活をふり返る。以上の過程は、「表現する」と「聴く」を中心に自己表現力を育成することを通し、受講生の自己や自己と他者の関係に対する視野を段階的に拡げることを想定し、設定された。第十回以降は、「生活」に加え、「人生」を軸に活動が行われる。受講生は、他者のライフストーリーを聴くために、まず、自分自身の関心を意識化したうえで、その関心に基づき、テーマや相手、質問項目を検討する。つぎに、培ってきた自己表現力を活かしつつ、インタビューを行った上で、そのインタビューを文字化し、まとめる。以上の過程は、受講生自身が「他者のライフストーリーを聴く」→やりとりの可視化を行うことを通し、自己表現と人生とのつながりが実感できるようになることを想定し、設定された。 以上のような実践の過程から、「生活から人生への視野の拡がり」を目的とする言語教育実践が生涯学習の第一歩となりうることが示唆された。 本項では、「生活から人生への視野の拡がり」を目的とする言語教育実践の一事例を紹介したが、履修生の生活から人生へと視野がどのように拡がっていくのかについては、今後、さらなる追究が必要であろう。 |
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