生涯学習研究e事典
 
登録/更新年月日:2022年11月28日
 
 

兵庫県芦屋市の地域資源を活用した教育活動(ひょうごけんあしやしのちいきしげんをかつようしたきょういくかつどう)

キーワード : 広域通信制高校 、ボランティア 、ウィキペディアタウン 、文化遺産清掃ボランティア 、ボランティア研修
八田 友和(はった ともかず)
 
 
 
  1.実践の背景と活動の概要
1)実践の背景と目的 
 本稿の目的は、広域通信制高校における地域資源を活用したボランティア活動の在り方を、兵庫県芦屋市における実践を事例に提案することにある。
 筆者が勤務するクラーク記念国際高等学校は、1992(平成4)年に兵庫県芦屋市に開学した広域通信制高等学校である。本実践を行った芦屋キャンパスは、その第一号キャンパスとして開学した。開学の背景には、小学校・中学校における不登校児童・生徒数や高等学校中退者が急増したことが挙げられ、学校に通えない(通いづらい)子どもたちの受け皿になることが期待されていた。そのため、カウンセラーの資格を取得した教員が担任を務めるなど、子ども達が登校しやすい環境を整えるように留意している。加えて、子ども食堂の企画や地域イベントの運営補助など、様々なボランティア活動を実施して、一人ひとりの子どもたちが活躍できる場所を提供していることも特徴である。
 筆者も、子どもたちといくつかのボランティア活動を行う中で、(1)芦屋市外から通学している生徒が多いため、芦屋になじみがなく、地域性を活かしきれていない点、(2)ボランティア活動が行われている場所(空間)をクラス以外の居場所として機能させる点、の2点が課題であると感じていた。これは、芦屋キャンパスだけが抱えている問題ではなく、不登校児童生徒を抱える広域通信制高等学校の多くが直面している課題ではないだろうか。加えて、対人関係を構築することに苦手意識を感じている生徒も多いため、ボランティア活動を通して、対人関係を構築することも求められている。
 以上を受け本稿では、2020年〜2021年にかけて芦屋キャンパスで実践した「芦屋市の地域資源を活用したボランティア活動」について紹介を行うなかで、芦屋キャンパスをはじめとした広域通信制高等学校がもつ課題の克服を目指した実践の紹介を行う。
2)ボランティア活動の概要
 本実践は、芦屋キャンパスに在籍する生徒を対象に企画したものである。ここでは、その概要を整理する。
2−1)活動名:芦屋市のミリョクを発見!世界に発信しよう!
2−2)活動期間:2019年〜2022年
2−3)開催時間:週1回放課後に実施
2−4)開催場所:芦屋キャンパス周辺を中心に芦屋市全域で活動
2−5)実施主体:地域研究部(部活動)が主催
2−6)参加生徒:地域研究部部員・生徒有志
2−7)広 報 等:
・ボランティアを実施するたびにボランティア通信(紙媒体)を発行
・参加生徒の保護者にメールにて活動内容・次回実施日の報告
・芦屋キャンパスのホームページ上で活動内容の報告
・年1回程度のペースで活動報告書の刊行
2−8)参加教員:八田友和(地域研究部顧問)・石川眞椰(地域研究部副顧問)
 
 
 
  2.ボランティア活動の概要
1)ウィキペディアタウン
 先述したように、芦屋キャンパスに在籍する生徒の多くは芦屋市外から通学しており、芦屋について詳しく知っている生徒はほとんどいない。そのため、まずは芦屋を楽しく学ぶことを目的に“ウィキペディアタウン活動”に取り組むことになった。ウィキペディアタウン活動とは、「その地域にある文化財や観光名所などの情報をインターネット上の百科事典「ウィキペディア」に掲載し、さらに掲載記事へのアクセスの容易さを実現した街のこと」を指す言葉である。日本では「街そのものを指す語句よりも、ウィキペディアを編集するイベント(エディタソン)を「ウィキペディアタウン」と呼ぶこと」が定着しつつある。 芦屋キャンパスにおける取り組みも、「エディタソン=ウィキペディアタウン」ととらえた活動を行った。
 まずは、参加者で街の散歩を行い、芦屋にある文化遺産や公共施設の見学を行った。次に市役所に行き、芦屋市に関するパンフレットやチラシをたくさんいただき、気になった文化遺産や公共施設を全員で共有する活動を行った。
 次に、芦屋市教育委員会社会教育部生涯学習課の学芸員に出前授業を行っていただき、「(1)芦屋市のフィールドワーク活動、(2)文献調査、(3)ウィキペディア記事の執筆、(4)学芸員による資料添削、(5)インターネット上に記事を公開する」の順にウィキペディアタウン活動を行った。具体的な活動内容については、拙稿「地域の人的・物的資源を活用した授業の一考察−芦屋市におけるウィキペディアタウン活動を事例に−」(『関西教職教育研究』第10号集録)で整理を行っている。
2)文化遺産清掃ボランティア
 ウィキペディアタウン活動は、自分たちが執筆したウィキペディア記事がインターネット上に公開されることで「達成感」や「成果」が可視化されるため、生徒・教員ともにやりがいを感じながら進めることができた。しかし、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の感染拡大や、それに伴う緊急事態宣言・まん延防止等重点措置の発出に伴い、人と人との距離が近い文献調査はもちろんのこと、図書館の利用も大幅に制限され、ウィキペディアタウン活動の継続が困難になった。そのため、「三密を回避・感染防止対策の徹底・その他対策(人数・会話)」を徹底した活動が求められることになった。そこで、生徒と考えた活動が、ウィキペディアで紹介した文化遺産の清掃活動を行う「文化遺産清掃ボランティア」である。清掃活動であれば、三密を避け、ソーシャルディスタンスを保ちやすいため活動許可が下りた。
 この活動は「文化遺産に行ってみたくなる・また行きたくなる」をスローガンにしたため、ウィキペディアで取り上げた文化遺産だけでなく、その周辺環境の清掃活動を行うことにも配慮した。具体的には、「芦屋川の文化的景観」「阪神大水害芦屋川決壊之地石碑」をはじめとした文化遺産および周辺環境の清掃活動を行った。
3)ボランティア研修について
 ボランティア活動に参加している生徒には、ボランティア研修(以下、研修)の受講を義務付けている。研修では、(1)一緒に活動している仲間を知る、(2)知識や技術の向上を図ることで、視野を広げながら活動を行うこと、の2点を目標として実施している。これまでに、芦屋市消防本部にてAEDの使用方法や胸骨圧迫の方法についてレクチャーを受ける研修や、芦屋市教育委員会社会教育部生涯学習課学芸員による「芦屋の文化財」をテーマにした講演会の開催などを行ってきた。しかし、新型コロナウイルスの感染拡大に伴い、外部から講師を招くことが難しくなったため、筆者をはじめとした芦屋キャンパスの教職員が研修の講師を務めた。
 
 
 
  3.本実践の成果と課題
1)本実践の成果
 本稿では、広域通信制高校における地域資源を活用したボランティア活動の在り方を、芦屋キャンパスで行った「ウィキペディアタウン」「文化遺産清掃ボランティア」「ボランティア研修」を取り上げながら提案してきた。
 まず、本実践の成果として主に二点挙げることができる。
 第一に、生徒の居場所づくりにつながった点である。先述したように、芦屋キャンパスに在籍する生徒は、小学校・中学校在籍時に不登校を経験している者が多い。そのため、教室のなかはもちろん、教室以外の場所にも居場所をつくることが重要である。もちろん、保健室や学校図書館のように、他の生徒と関わりにくい居場所を設けることも大切ではあるが、「教室」と「保健室・学校図書館」の中間に位置するような居場所を構築することも大切だと考えている。そこで本実践では、定期的に放課後にボランティア活動を行うことで、教室でも保健室でもない、ちょうど中間くらいの居場所を設けることができたと考えている。その結果、(1)クラスメイトとの関係を絶たず、(2)教室に入る心の準備を整えること、を目的とした活動につながったと考えている。
 第二に、芦屋市を事例に学びを深めることができた点である。先述したように、芦屋キャンパスに通う生徒の多くは芦屋市外から通学している。そのため、意識的に地域を知る機会を設けなければ、芦屋市について知ることなく3年間の学びを終えてしまう。よって本研究では、芦屋市を知る機会として「ウィキペディアタウン活動」、芦屋市を肌で感じる活動として「文化遺産清掃ボランティア活動」を行った。活動を行う際は、地域に所在する物的資源(文化遺産)や人的資源(学芸員・消防隊員)の活用を図ることに留意した。芦屋のもつ資源を活用することで、地域とのかかわりを保ちながら活動を行うことができた。
2)本実践の課題
 一方で、課題も二点指摘できる。
 第一に、年度途中からの参加希望者が、実際に活動に参加しようとする際、二の足を踏んでしまうケースが見受けられる点である。本活動は「居場所づくり」を目的としていることもあり、継続して参加する生徒が多い。そのため、顔見知りや友達同士で一緒に参加する生徒も多く、参加する時の心理的ハードルが低くなっている。一方で、年度途中から活動に参加する生徒にとっては、ある程度関係性ができた空間に入っていくことになるため、二の足を踏むことも多い。よって、年度途中からの参加希望であっても馴染みやすい環境を整えることが重要になると考える。
 第二に、活動を継続していく点である。ボランティア活動のなかに居場所づくりを行う際、そこが居場所として機能するために長期的・継続的に活動が実施される必要がある。そのため、学期毎や単年度でボランティア活動を終えるのではなく、教育活動の一環として根付かせていくことが大切だと考えている。今後は、上級生から下級生へのかかわりを増やすなど、継続して取り組んでいける仕組みづくりを併せて行っていきたい。
謝辞
 本活動を行うにあたり、街歩きからウィキペディア記事の執筆まで、芦屋市教育委員会社会教育部生涯学習課の竹村忠洋氏にお世話になりました。この場を借りて御礼申し上げます。
 
  (参考文献)
・青木和人「地域資料デジタルアーカイブに市民参加型ウィキペディアタウンが果たす意義」『デジタルアーカイブ学会誌』第1巻、2017年、pp.37-42
・小林巌生「ウィキペディアを活用した地域情報発信ワークショップ「ウィキペディアタウン」の実践から見えてきた今後の発展可能性」『情報処理学会研究報告』No.3、2015年
・八田友和「地域の人的・物的資源を活用した授業の一考察−芦屋市におけるウィキペディアタウン活動を事例に−」『関西教職教育研究』第10号、2021年、pp.55-61
・クラーク記念国際高等学校芦屋キャンパス地域研究同好会『クラーク記念国際高等学校芦屋キャンパス地域研究同好会報告書』2020年
 
 
 
 
   



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