生涯学習研究e事典
 
登録/更新年月日:2021年2月3日
 
 

被災経験を生かした児童生徒のレジリエンスの向上を図る防災教育プログラム(ひさいけいけんをいかしたじどうせいとのれじりえんすのこうじょうをはかるぼうさいきょういくぷろぐらむ  )

キーワード : 防災教育 、レジリエンス 、被災経験 、豪雨災害
松浦賢一(まつうらけんいち)
 
 
 
  1.被災経験を生かした児童生徒のレジリエンスの向上
(1)実践的安全教育モデルプログラムの構築
 近年、地震や記録的な豪雨等により、全国各地で甚大な被害が発生しており、児童生徒等への防災教育や学校の防災体制の更なる強化・充実を推進していくことが重要である。「第2次学校安全の推進に関する計画」では、全ての学校において、保護者や地域住民、関係機関との連携協働による体制を構築し、それぞれの責任と役割を分担しつつ、学校安全に取り組むことが必要とされている。
 これらの課題を改善するため、豪雨災害を経験した地域の協力を得て、家庭や地域との連携による小・中学生のレジリエンスを高める実践的安全教育モデルプログラムの構築に取り組んだ。
 レジリエンスとは、心理学的に「困難な状況にもかかわらず、しなやかに適応して生き延びる力」という意味で使われ、精神的回復力などと訳される。また、「防災力」という意味でも使われる。防災教育やその準備を通して、あらかじめ非常時の行動を学ぶことは、児童生徒の「生きる力」を育むことにつながると考える。
 本研究では、豪雨災害を経験した地域の協力を得て実践した小・中学生を対象にした防災教育について、被災経験を生かしながら児童生徒がどのような意識で困難を乗り越えようとし、自らの命を守るために防災・減災について学び、取り組んでいるかという実践について、その成果を明らかにした。
(2)過去の災害に対応した関係機関で構成する実践委員会
 2016年8月に豪雨災害を経験した北海道南富良野町の小・中学生を対象に、被災から2年後の2018年に、豪雨に伴う水害へ対応した防災教育を実施し、大学教授や気象台職員等の専門家の協力を得ながら、実践的な防災教育モデルプログラムの構築に取り組んだ。
 南富良野町は、北海道のほぼ中央に位置し、総面積665.52kuと広大な面積を有する。四方が山並に囲まれ、町土の約90%が森林地帯であり、東西に貫流する空知川、更には町の中央部には金山ダムによってできた人造湖「かなやま湖」が豊かな水を湛えていることなどから、6つの集落が広く分散し町が形成されている。
 小学校2校、中学校1校、高等学校1校の町内全ての学校が「水害」を主な共通テーマとして、児童生徒の発達の段階に合わせた防災学習を実施した。
 実施に当たって、関係団体で構成する実践委員会を設置した。主な団体は、町教育委員会や学校のほか、警察署、消防署、防災マスター、PTA連合会、校長会、町防災安全推進室などである(図1)。
 スケジュールについては、7月20日に第1回実践員会を開催し、防災教育の取組内容について確認した。その後、町教育委員会の職員と各校の担当教諭で取組の具体内容について打合せを行い、8月から11月に各校で防災学習に取り組んだ。また取組の前後に、児童生徒、保護者、教職員を対象に質問紙によるアンケート調査を行った。実践後、2回の実践委員会を開催し、取組の成果と課題を明らかにした。
 
 


添付資料:事業の概要と組織図

 
  (参考文献)
・文部科学省「第2次学校安全の推進に関する計画」、2017年。
・Weblio 辞書国語辞典、人事労務用語辞典「レジリエンス」。https://www.weblio.jp/content/レジリエンス、2019年10月4日参照。
・林春男(国立研究開発法人防災科学技術研究所理事長・一般社団法人レジリエンス協会会長)「『レジリエンス』という言葉は大変便利な言葉」。https://resilience-japan.org/aboutus/president/、2019年10月4日参照。
・文部科学省「学校防災のための参考資料『生きる力』を育む防災教育の展開」、1998年3月初版、2013年3月改訂版。
・南富良野町「南富良野町の概要」。
https://www.town.minamifurano.hokkaido.jp/about-town/、2019年10月4日参照。
 
 
 
  2.被災経験を生かした防災教育プログラム
(1)既存のツールを活用した防災学習
 国土交通省等が提供している既存のツールを活用して防災学習を実施した。小学校低学年は、防災カードゲーム「このつぎなにがおきるかな?」、中学年以上は、逃げキッド「マイ・タイムラインづくり」を活用し、災害時に自分の身を守るための「主体的に行動する態度」を身に付けたり、「自助」について考えるための防災学習を行った。
 中学校では、北海道が開発した避難所運営ゲーム「Doはぐ」を活用して、避難所を運営する側のスキルアップを図るとともに、災害後の生活や復旧等の「支援者となる意識」や「共助」の精神を高めるための防災学習を行った。
(2)家庭、地域と連携した防災教育
 家庭や地域と連携し、保護者への引き渡し訓練や地域人材を活用した防災学習を行った。地域への授業公開として、学校における水害を想定した防災教育の充実や家庭、地域の関係機関・団体等との連携を図ることの重要性を踏まえ研究授業を実施し、学校の防災教育に関する取組の推進と充実を図った。
 また、過去の南富良野町における水害の映像資料や過去の災害を参考にして作られたハザードマップの活用、地域にある金山ダムの職員による出前授業等を通して、過去の災害の教訓を生かした防災学習を行った。
(3)カリキュラム・マネジメントに位置付けた防災学習
 中学校は、防災を含む安全教育の全体計画を立案し、社会科や理科の内容に、避難所へ移動するまでの危険個所や非常時持出品の確認、災害時の降水量の調査等、地域性や防災意識を高めるための内容をカリキュラム・マネジメントに位置付け、教科を横断した防災学習を行った。
 高校は、地理Aや地学など、既存の各教科のカリキュラムに自然災害の理解と対応について学習する内容を関連付け、教科の専門性を生かした授業を実施した。
(4)児童生徒、保護者、教職員の意識の把握
 町内全ての学校の児童生徒、保護者、教職員を対象に、プログラムの事前と事後でアンケート調査を実施し、その結果から児童生徒の防災意識の変化、家庭における防災意識やニーズ等を把握し、実施した防災学習や訓練の内容等について検証した。
(5)被災経験を生かしたモデルステップアップの確立
 防災学習を一連の流れとして段階的に取り組むための3つのステップを確立した。
 第1段階の「見る:自分の住んでいる地域を学ぶ」については、2016年の水害を振り返り、環境学習やカヌー体験学習等のフィールドワーク等の実施により、住んでいる地域の川がどのように変化したかを確認する。
 第2段階の「知る:災害に関する情報を学ぶ」については、雨の降り方、風の吹き方、注意報・警報、特別警報、台風情報等の天気予報に関する情報や避難所を運営する上で必要な知識等を得る。
 第3段階の「考える:自らの命を守るための行動を学ぶ」については、フィールドワーク等で観察して得た情報や防災学習で知った知識をもとに、既存の防災学習ツール等を活用しながら災害時に主体的に取るべき行動について考えるとした。
 
  (参考文献)
・ 国土交通省 水管理・国土保全「防災カードゲーム『このつぎなにがおきるかな?』」。https://www.mlit.go.jp/saigai/saigai01_tk_000005.html、2019年10月20日参照。
・ 国土交通省関東地方整備局 下館河川事務所「小中学生向けマイ・タイムライン検討ツール〜逃げキッド〜」。https://www.ktr.mlit.go.jp/shimodate/shimodate00626.html、2019年10月20日参照。
・ 北海道総務部危機対策局危機対策課防災グループ 北海道防災情報「避難所運営ゲーム北海道版(愛称:Do はぐ)。http://kyouiku.bousai-hokkaido.jp/wordpress/news/do-hug/、2019年10月20日参照。
 
 
 
  3.児童生徒の発達の段階に合わせた防災学習の確立
(1)調査方法・内容
 プログラムの教育効果については、町内全ての学校の児童生徒及びその保護者と教職員を対象に質問紙調査を行うとともに、全ての学校を対象に、学校安全体制に係る成果指標を設定し、それらの項目の達成度について評価した。
 小学生に対する質問紙の項目は、災害に備えるための情報や災害時の対応についての項目が3つで、拠点校の児童に対しては、「雨が降ったとき、川がどのように変わっていくかわかりますか」の質問を加えた。
 事後調査では、「天気予報の見方はわかりましたか」「家で天気予報を見るようになりましたか」「マイ・タイムラインを作り、災害のときにとる行動について理解できましたか」「防災学習で勉強したことを家族と話しましたか」の4項目についても質問した。
 一方、中・高生に対しては、小学生を対象に実施した3項目に加え、災害後の生活や復旧等の「支援者となる意識」に係る項目を2つ質問した。
 続いて、保護者に対しては、事前調査では、子供が災害についてどの程度興味や関心を持ち、危険を理解し、適切な意思決定や行動選択ができるかについて質問した。
 事後調査では、子供が学校における防災学習を通して、災害についてどの程度関心が高まり、学んだことを家庭で話す機会があったかについて質問するとともに、自由記述欄を設け、防災学習に関することや防災学習後の家庭での子供の変化について確認した。
 児童生徒等を対象にした質問紙調査については4件法で行い、実施前後の平均値を比較した。
(2)調査の結果
 調査の結果からは、児童は、災害の状況を写真や動画を活用して実施した学習等によって、川の変化について理解を深めた(図2)。一方、大雨による災害については、実際に経験しているからか、大きな変化は見られなかった(図3)。
 災害に備えるための情報や災害時の対応についての項目では、それぞれ平均値において0.2ポイント増加したほか(図4・図5)、保護者からは、「大雨、地震、火事などが起きた時、逃げるにはどうしたらいいか話しあった」「雨の日などは、停電に備えてラジオ、懐中電灯の準備、タブレットの充電を子どもが先にしている」等の感想が寄せられるなど、「主体的に行動する態度」の向上が見られた。
 中・高生については、災害後の生活や復旧等の「支援者となる意識」が向上した(図6・図7)。
 教職員を対象にしたアンケート調査の結果からは、全ての学校の安全体制が強化された(表1)。
(3)考察
 本研究から明らかになった成果として次の3つが挙げられる。
 第1に、児童生徒及び教職員の防災意識が向上するとともに、全ての学校の安全体制が強化されるなど、実施したプログラムの教育的効果を確認することができた。
 第2に、拠点校のみならず、町内の小学校から高等学校までの全ての学校が防災教育に取り組み、児童生徒の発達の段階に合わせた防災学習を確立することができた。
 第3に、2016年の災害に対応した警察署、消防署、町防災安全推進室など関係機関で構成する実践委員会を設置し、防災教育プログラムの実施前後に会議を開いて、実践内容に過去の災害の教訓を生かすことができた。
 
 


添付資料:アンケート結果

 
 
 
 
   



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