生涯学習研究e事典
 
登録/更新年月日:2020年12月4日
 
 

高校生による博物館図録の作成−主体的・対話的で深い学びの実現に向けて−(こうこうせいによるはくぶつかんずろくのさくせい−しゅたいてき・たいわてきでふかいまなびのじつげんにむけて−)

キーワード : 主体的・対話的で深い学び 、専門家の活用 、博物館図録
八田 友和(はった ともかず)
 
 
 
  1.研究の背景・実践の概要
1.はじめに
 本研究は、博物館の図録を生徒が専門家の助言と指導のもとに作成することによって、主体的・対話的で深い学びの実現を図ろうとする学習の在り方を、具体的な実践事例の紹介を通じて提案しようとするものである。専門家の助言と指導については、文部科学省も、「子供たちが多様な技能や経験を持つ多くの社会人と出会う機会を作っていくこと」の重要性を示している。
 筆者の勤務校がある兵庫県芦屋市においても、市の生涯学習課が中心となった「芦屋市生涯学習出前講座」が運営されている。市が行っている仕事に関する出前講座が多く、講座数や内容も充実しており、多様な技能や経験をもった市職員と出会う環境が整えやすくなっている。しかし、市の行っている事業に関する講座内容が大多数を占めているため、市民の需要の全てに応えられているわけではないことが容易に想定できる。
 そこで本実践では、出前講座ではカバーできない内容を専門とした社会人の協力を得ることで、コミュニケーションを図る機会の充実を目指した。そうすることで、より学習者の実態や現状に合わせた学習内容を提示することが可能となり、学習者の主体的・対話的で深い学びの充実に寄与すると考えた。
2.授業実践の概要
 本実践は、筆者の勤務校の生徒を対象に実施したものである。実践の概要は次のとおりである。
1)名  称:「博物館の図録を作ろう!」
2)実施科目:基礎日本史・基礎世界史
3)実施期間:2018年6月〜2019年3月
4)開催場所:クラーク記念国際高等学校 芦屋学習センター
5)参加人数:5〜13名
6)実施方法:
(1) 筆者が本実践の意義と目的について説明を行い、博物館や博物館の教育的価値について解説を行った。また、思い出博物館から資料の貸し出しを受け、資料についての調べ学習を行った。       
(2) 図録のデザインに関しては、桑田氏の指導のもと、子どもたちが行った。
7)講師・サポーター
鈴木康二(公益財団法人滋賀県文化財保護協会副主幹・佛教大学非常勤講師)、桑田知明(京都市芸術大学常勤講師)、井上翔太(甲南大学大学院生)、森田真史(花園大学大学院生)
3.実践の内容
 ここでは、実践の内容を時系列で整理し、紹介する。
3-1、博物館や博物館機能についての紹介
 まず、第1時において、博物館や博物館のもつ機能について説明を行った。この時点での学習者は、「博物館」という施設の名称を知っているものの、施設の機能や詳細な情報については理解していない。よって、博物館の種類や展示物について具体的事例をあげながら紹介を行った。加えて、思い出博物館(以下、思い出博)について紹介を行い、学芸員がいない状態であること、図録やワークシートが設置されていないことを確認した。
3-2、展示品の提示と教育的価値の考察
 次に、筆者が思い出博から貸出を受けた資料のなかから、生徒が1つ選択し、調べ学習を行った。生徒は、パソコンや図書を活用しながら、資料の概要をまとめたのち、パソコンのWord機能を利用して記事を執筆する作業を行った。しかし、生徒たちの大半は日常生活でパソコンを利用しておらず、パソコン操作がままならい生徒も一定数いたため、パソコンの基本操作からレクチャーしながらの進行となった。
 
 
 
  2.授業実践の内容
3-3、大学教員による出張授業
 次に、京都市芸術大学の桑田知明氏にデザインに関する出張授業を行っていただいた。表紙や本文中に頻出するキーワードである「思い出博物館」「おもいではくぶつかん」「OMOIDEHAKUBUTSUKAN」という文字のデザインを行った。桑田氏は、黒板にデザインの一例を描きながら、自由に発想し表現することの楽しさを子どもたちに伝えていた。生徒の成果物を否定することなく、そっと隣から褒めて、助言している姿が印象的であった。最初は「デザイン=難しい」と思っていた生徒たちも、自由に発想し、表現することができていた。
3-4、グラフィックデザイナーによる出張授業
 出張授業として、グラフィックデザイナーの桑田知明氏のタイポグラフィーの授業を実践した。桑田氏は、京都市芸術大学の教員としても出張授業に来てくださっており、生徒たちも緊張がほぐれた状態で、授業をはじめることができた。授業ではまず、桑田氏が例を示しながら、イニシャルと動物を掛け合わせたデザイン方法について紹介を行った。子どもたちは、思い思いにイニシャルと動物を掛け合わせたデザインをしていた。隣の席に座っているクラスメイトに対して、「どんな感じでつくってる?」「これはどうしたらいいかな?」など、アドバイスをしあいながらデザインを楽しんでいたことが印象的であった。自分の作品が完成した生徒は、他のクラスメイトの作品制作を手伝ってあげるなど、桑田氏や筆者といった教員だけでなく、生徒同士が教え合い・学び合う姿が見られたことは本実践が有意であったことを如実に示しているといえる。生徒が作成した成果物は図録表紙の題字に使用した。

3-5、学芸員による出張授業
 図録の作成が一区切りを迎えたタイミングで、図録の価値を再確認する出張授業を行った。公益財団法人滋賀県文化財保護協会の鈴木康二氏による授業である。鈴木氏は、安土城考古博物館での勤務経験もあり、多くの図録の作成に携わってきた学芸員の一人である。また、佛教大学の非常勤講師として「博物館教育」を教えておられ、図録の教育的価値を考えるうえで、欠かせない授業であった。授業では、芦屋市立美術博物館が編集した博物館図録や各種報告書を事例に、図録や報告書がもつ教育的価値について講義していただいた。また、石鏃や土器片といった考古資料を子どもたちに提示していただき、資料の観察方法についてもレクチャーしていただいた。

3-6、博物館図録の編集・製本・ISSNコードの発番・印刷・納本・寄贈
 鈴木氏の出張授業を受け、図録の教育的価値を再認識した上で、図録作成の最終段階に入る。調べ学習時に生徒から集めた原稿について、生徒たちが誤字脱字のチェックを行い、校正を行った。その後、生徒が取りまとめたデータを、筆者と桑田氏の間で複数回やり取りを行い、調整を加えたうえで、印刷会社にデータを送付した。図録は、2019年3月1日付で発刊し、国立国会図書館に納本した他、思い出博物館や関係機関、そして博物館教育研究者や奈良大学をはじめとした高等教育機関に寄贈した。
 
 
 
  3.考察
4.考察
 本研究の成果は主に二点ある。
 第一に、専門家を活用することで、主体的・対話的な学びを推進できた点である。本授業実践では専門家の出張授業を行う際、なるべくコミュニケーションを図る機会を複数回設定するようにつとめた。例えば、桑田氏の実践であれば、色画用紙を選ぶ時、道具を使用する時、質問する時など、クラスメイトや教員とコミュニケーションを図る機会を多く設定している。これにより、最初はコミュニケーションを躊躇していた子どもたちも、クラスメイトを中心にコミュニケーションをとりながら作業を進めることができた。
 第二に、本実践が授業内で完結せずに、発展的な学びにつながった点である。例えば、本実践後に大学や専門学校のオープンキャンパスに参加した生徒が多く見受けられた。参加理由としては、「実際に大学教員の授業を受けて、大学に興味をもった」とのことであった。また、ある生徒は、桑田氏の開催する個展に行くなど、自発的に発展的な学びにつなげているケースも見受けられた。
5.さいごに
 本実践は、博物館図録の作成を通じて、「主体的・対話的で深い学びを推進すること」および「主体性を持って多様な人々と協働して学ぶ態度を育成すること」を目指したものである。生徒たちが普段学習している教室に、専門家やサポーターといった新しい風を吹き込み、対人関係を増やすことで、コミュニケーションを図る機会を充実させ、主体的にかかわるきっかけ作りを行った。最初は戸惑っていた生徒も、徐々にコミュニケーション図るようになり、最後は、クラスメイトと協働しながら作業を進め、図録を作り上げることができた。本年度についても、生徒からの求めに応じて博物館図録の作成を行っている。次年度以降も継続していきたい。

謝辞
 本研究を行うにあたって、津田昭裕氏(思い出博物館)、桑田知明氏(京都市芸術大学)、鈴木康二氏(公財滋賀県文化財保護協会・佛教大学)、井上翔太氏(甲南大学院生)、森田真史氏(花園大学院生)に大変お世話になりました。また図録の執筆は、クラーク記念国際高等学校芦屋キャンパスの生徒の皆さん、兵庫教育大学大学院社会系教育コースの皆さんが行いました。ご協力いただいた皆様へ心からの感謝の気持ちと御礼を申し上げ、謝辞にかえさせていただきます。
 
  (参考文献)
・小笠原喜康(編)『博物館教育論』ぎょうせい、2012
・黒沢浩(編)『博物館教育論』講談社、2015
・駒見和夫『誰もが学べる博物館へ−公教育の博物館学−』学文社、2008
・八田友和「博学連携が子どもたちのキャリア形成に果たす役割と課題-1990年代に生まれた学生へのアンケート調査を踏まえて-」『日本生涯教育学会論集39』pp.91-100日本生涯教育学会、2018
・八田友和「博物館の教育」『生涯学習研究e事典』)(最終確認2020年11月29日)http://ejiten.javea.or.jp/content26518020.html
・八田友和「博学連携が子どもに与える影響」『生涯学習研究e事典』(最終確認2020年11月29日)http://ejiten.javea.or.jp/content26518019.html
・八田友和「学校教育と博物館の関係」『生涯学習研究e事典』(最終確認2020年11月29日)http://ejiten.javea.or.jp/content26518018.html
・思い出博物館図録作成プロジェクト・クラーク記念国際高等学校芦屋キャンパス「基礎日本史」「基礎世界史」受講者『思い出博物館常設展示図録−昭和なつかし館』2019
・全国大学博物館学講座協議会西日本部会(編)『新時代の博物館』芙蓉書房、2012
・文部科学省『高等学校学習指導要領(平成30年告示)解説−地理歴史編−』東洋館出版、2019
 
 
 
 
   



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