生涯学習研究e事典
 
登録/更新年月日:2019年12月20日
 
 

和歌山県立図書館「がん」情報提供の取り組み(わかやまけんりつとしょかんがんじょうほうていきょうのとりくみ)

efforts of the cancer information service in the Wakayama Prefectural Library
キーワード : がん情報 、課題解決支援 、健康医療情報 、連携 、和歌山県立図書館
松田公利(まつだきみとし)
 
 
 
  1.定義と課題
 公立図書館における課題解決支援としての健康医療情報サービスについて、文部科学省図書館をハブとしたネットワークの在り方に関する研究会「地域の情報ハブとしての図書館―課題解決型の図書館を目指して―」(平成17(2005)年)では、医療関係の情報提供が公立図書館の取り組むべきサービスとして位置づけられている。文部科学省これからの図書館の在り方検討協力者会議「これからの図書館像〜地域を支える情報拠点をめざして〜(報告)」(平成18(2006)年)では、地域の課題解決支援の充実を謳い、行政・学校教育・ビジネス(地場産業)・子育ての各種支援のほか、健康医療等も地域の実情に応じた情報提供サービスが必要であるとしている。さらに利用者が有効活用できる配慮として、テーマ別資料コーナーの設置・パスファインダーやリンク集の作成・関係機関等との連携による講座や相談会等の開催・ホームページを用いた情報発信など付加価値を高める工夫が必要としている。これらの提言等が、公立図書館で健康医療情報サービスを実施する上での指針となり取組根拠となる。全国公共図書館協議会が平成26(2014)年度に調査した「公立図書館における課題解決支援サービスに関する実態調査」では、健康医療情報サービスを実施する都道府県立図書館は42館(実施率89.4%)、市区町村立図書館では552館(実施率42.6%)となっている。
 国立がん研究センターがん対策情報センター「都道府県別75歳未満年齢調整死亡率」では、平成7(1995)年から平成24(2012)年まで男女全部位のがん死亡率において、和歌山県は全国ワースト10以内にランクインしている。和歌山県は、平成20(2008)年に「がん対策推進計画」と「長期総合計画」を策定し、がん対策の推進によるがん死亡率削減の目標を示した。
 がん死亡率の深刻な現況において、信頼できるがん情報を取得する場は、中核病院の患者図書室等に限定されていることもあり、県民がいつでもがんについて調べられる環境づくりが必要であった。
 以上のことを取組根拠として、和歌山県立図書館では本県の高いがん死亡率を課題と捉え、広く県民にがん情報を提供するワンストップ拠点の役割を果たす方針を固めた。よって平成24(2012)年11月に、和歌山県立図書館「がん」関係図書コーナーを開設した。 
 しかし、がん情報提供の充実を見据えたとき、県立図書館単体では限界があり、関係機関との連携は必要不可欠であった。公立図書館の機能や場の利点を生かし連携することで、図書館の存在価値を高め、がん情報提供サービスの拡充へと繋がることになる。連携を進める県立図書館の取り組みに対して、がん患者やその家族から県知事を通して高い評価を受け、サービスが進展する契機となった。がん患者やその家族にとって心地よく滞在できる図書館の環境づくりは、がん情報の提供に取り組む公立図書館にとって必要な取組要素であることを認識した。
 
 
 
  2.事例1
 がんコーナーの資料内容について、がん闘病記を含めて約800冊を配置している。呼吸器・消化器など各部位とがん闘病記・患者支援等に8分類している。その他、がん診療ガイドライン・がんと仕事・がんとお金の内容資料を各リスト化してホームペ―ジに掲載している。また、がん闘病記は、部位別の病名に区分したリストをホームページに掲載している。図書以外にも、20以上のがん関係機関等のパンフレット類を配置し、新しい情報や希少な情報の提供に繋げている。県立図書館では、がんに関するパスファインダー作成や、ホームページ内にがんコーナーのページを設定するなどして情報提供を行っている。
 がんコーナーの設置目的は、がん知識を深めてもらう・がんについて考える機会を提供する・命の尊さや家族の大切さを再認識してもらう・がん検診(予防)の必要性を認識してもらうことであるが、特に重視したいのは、がん情報を気軽に得る場を提供すること、和歌山県の高いがん死亡率の課題を県民に認識してもらうことである。令和元(2019)年12月には、全年齢層を対象に、がんの知識と理解を深めてもらうため、がんコーナー内に「がん教育」関係図書コーナーを開設した。
 図書館では、関係資料の提供サービスが基幹となるが、信頼のできるがん情報提供の拡充には、がん専門機関等との連携が不可欠となる。和歌山県立図書館が連携する機関を示して内容を説明する。
 和歌山県福祉保健部健康局健康推進課との連携について、県内におけるがん情報の集約拠点であるため、がんコーナー設置前から連携は絶対必要と認識していた。当初は、がん関係のパンフレットの提供を受けていた程度であったが、がん患者の家族から県知事あてに県立図書館によるがん情報提供サービスについて評価があり、これを機に、健康推進課との連携がより密になった。現在では、がん検診受診の向上を目的に啓発活動を連携して行い、県立図書館ではパネル展示や乳がん触診モデルの設置を実施するなどした。和歌山県では、平成24(2012)年12月に「和歌山県がん対策推進条例」を制定し、第31条において年間の取組内容を報告することになっている。健康推進課が各機関の取り組みを集約し毎年発行する「がん対策施策報告書」には、県立図書館の取組掲載枠が確保され、県がん施策の一つとして位置付けられている。また、平成30(2018)年3月の「第3次和歌山県がん対策推進計画」においては、県立図書館の役割が明記され、「県と県立図書館は、科学的根拠に基づくがんに関する情報を収集して各種機会を通じて情報提供することに取り組む」としている。
 日本赤十字社和歌山医療センター病院図書室との連携について、平成30(2018)年3月に「レファレンス・広報に関する相互協力」の確認文書を交わした。医療に関する学術情報提供には、専門誌やデータベース等が充実する他館種の図書館との連携が必要となる。病院図書室との連携によって、提供困難な医療情報も円滑に提供できるようになっている。また、県立図書館から主催事業の案内資料やパスファインダー等を提供する一方で、病院図書室からは院内での介護教室等の案内があり、両施設内でお知らせすることにより、相互の利用者への機会提供に繋がっている。
 
 
 
  3.事例2
 和歌山県立医科大学附属病院との連携について、平成25(2013)年から県立図書館を会場にして「がん患者、家族、県民のための公開講座」を共催している。この講座は、がん体験者やその家族などの闘病談である。参加者からは、現実味がある話で共感でき励まされるなど好評で、がん患者やその家族には安らぎの時間を、それ以外の参加者にはがん知識を深めてもらう機会提供になっている。この講座はもともと附属病院の主催であるが、がん講演会の開催に予算課題のある県立図書館が打診して共催となった。図書館の利用者層は幅広いことから情報提供の拡充には最適な場であることと、がん闘病記を多数所蔵するなどから講師選択の情報は図書館の方が豊富であることを説明して、共催の承諾を得た。相互の課題を補う形で役割分担して講座を運営している。平成29(2017)年7月には、県民への信頼できるがん情報提供のため、附属病院と「協定書」を締結した。これを基に、平成30(2018)年10月には「県立図書館で健康相談サロン」と題して、健康意識を高めてがん知識を深めてもらうため、血圧・体脂肪・骨密度の測定や乳がん触診体験、がん相談等を共催で実施した。県立図書館はがんや検査数値に関する図書の展示と貸出しを行い、健康推進課も健康相談サロンの協力機関として啓発資料等の配布を行うなど、県立図書館と連携先が三位一体となって実施した。その結果、測定者206名、がん相談7名と予想をはるかに上回る実績となり好評を得た。
 NPO法人いきいき和歌山がんサポートとの連携について、県立図書館を会場にして毎月1回、勉強会とがん患者サロンを実施している。がんコーナー開設当初、がんサポートの理事長に講演依頼したのをきっかけに、がんサポート側から県立図書館にがん患者サロンを開設したいとの要望があった。その理由として、患者の中には治療以外で病院に出向きたくない方があり、県立図書館はその環境面でがん患者サロンに最適であるとのことだった。県立図書館もがん患者やその家族の「居場所づくり」を検討する矢先のことで、早速、活動場所の調整を行い、平成25(2013)年7月に「図書館いきいきサロン」が開設した。サロン参加者であるがん患者からも県知事を通して高い評価をいただいた。県立図書館が、がんコーナーを設置して患者が癒やされるサロンのような場を提供していることへの評価であった。これにより、公立図書館が患者に果たせる役割についての示唆を得られた。この連携で直接がん患者の声を聴くことが可能であり、がん情報提供サービスを実践する上での貴重な機会となっている。
 県内市町立図書館へのがん情報提供サービス実施の働きかけとして、平成30(2018)年6月の和歌山県公共図書館協会研修会において、がん死亡率の共通課題に対する連携した取り組みを提案した。国立がん研究センターでは、全国の公立図書館にがん冊子を届ける「がん情報ギフト」プロジェクトを始動しており、県内各地区の拠点となる5市の図書館に寄贈された。県立図書館は、この5市等を訪問し、改めて、協働でがん情報提供に取り組む提案を行った。これらの経緯により、がんコーナーを開設する市町立図書館や、がん患者サロン・がん講演会を開催する館も出てきた。県立図書館と市町立図書館が課題を共有する情報拠点となり、県民によるがん情報の取得が身近になる環境づくりをさらに進めていきたい。
 
 
 
 
   



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