生涯学習研究e事典
 
登録/更新年月日:2019年7月10日
 
 

教職経験と社会人入学(きょうしょくけいけんとしゃかいじんにゅうがく)

graduate studies by educators with teaching experience
キーワード : 社会人入学  、大学院就学制度  、通信制大学院  、既存の大学院  、教職大学院 
白山真澄(しらやまますみ)
 
 
 
  1.教員の社会人入学の選択肢
【概要】
 社会の急速な変化に伴い学校教育への要請が複雑化・多様化し、教員の知識・技能の絶えざる刷新が求められている。教職の専門性を高めるために、職場における現職研修だけではなく、個人的に「学び直したい」という思いをもつ教員の潜在的な割合は高く、実際に高等教育機関に社会人入学をする例も少しずつ増えている。教員が教職経験を基に高等教育機関に社会人入学する際の選択肢、事例、課題の現状を整理する。
【動向】
 現職教員と一般社会人を対象に行った意識調査(今津他 2018)では、教員の約6割、一般人の約4割が大学/大学院で学びたいという思いを持っており、教員は個人的にも学び直したいという割合が高いことが示された。この調査では、教員が学びたい内容の上位は「教職の専門性」、「教科の専門性」、「カウンセリングや心理学の理論」であった。教員が高等教育機関で学び直す際の主な選択肢は(1)通信制大学/大学院、(2)既存の大学院、(3)教職大学院、である。
(1)通信制大学/大学院
 通信制大学は文部省令「大学通信教育設置基準」(1981)に基づいて実施されている。教員が新たな校種や教科の免許、または特別支援教育など専門的な資格の取得を目的に社会人入学をするケースが多い。1998年には、大学審議会答申「通信制の大学院について」(1997)の提言を受けて通信制大学院が制度化され、地理的、時間的制約に限られず学べる大学院として学習需要に応えている。
(2)既存の大学院
 2001年度に導入された大学院就学休業制度は、公立学校の教員が国内外の大学院で学び、専修免許状を取得することを可能とする制度で、3年を超えない範囲で休業することができる。この制度を活用すると教員の身分が保障されるが、在学中は無給で学費は自己負担である。2016年度の大学院修学休業者数は80人,海外の大学院への休業者数は31人である。この制度を活用せず、個人的に教職を続けながら、あるいは離職して既存の大学院へ社会人入学をするケースも見られる。既存の大学院は研究領域の選択の幅が広く、修士論文の執筆が課されており、アカデミックな研鑽を積むことで幅広い視野と理論的な思考力を鍛えることができる。教育学研究科では「修士(教育学)」の学位が授与される。
(3)教職大学院
 教職大学院は教員養成の高度化および修士レベル化の一環として、2008年度に全国で19の大学院からスタートした専門職大学院である。その後、ほとんどの旧国立大学におかれていた教育学研究科等が教職大学院として再編されたために急速に量的整備が進み、2017年度の時点では、国立大学46校、私立大学7校の計53大学に設置されている。教職大学院は学部段階修了者を対象とした新人教員の養成と、中堅を中心とした現職教員の再教育の役割に重点を置き、実務的な実践力を身につける場として実習を中心に据え、学校現場の今日的な課題を題材とした授業方法がとられている。教職大学院を修了すると、専門職学位として「教職修士(専門職)」が授与される。現職教員については、自らの意思で教職大学院に進学する例もあるが、教育委員会の組織的な人事の一環として派遣されるルートともなっている。勤務との兼任で身分が保障されており、教職大学院は教職における組織的な研修体系の一部としての機能を担いつつある。
 
  (参考文献)
・今津孝次郎・加藤潤・白山真澄・田川隆博・長谷川哲也・林雅代「大学における現職教員の学び直しに関するニーズ─2015年予備調査の結果から─」『静岡大学教育学部附属教育実践総合センター紀要』No.26、2017


 
 
 
  2.教員の学び直しの課題と事例
【課題】
 文部科学省「学校教員統計調査」(2016)によると本務教員の学歴構成における大学院修了者の割合は小学校4.8%、中学校8.8%、高等学校16.2%であり、教員の学歴の主流は以前として学士である。一方、欧米諸国では、1980年代以降、教員養成を大学の学部レベルから大学院レベルに引き上げることで教職の専門職化を図っている。フィンランドの教員養成は修士課程で実施され、アメリカでは多くの州で修士号取得が教員の終身免許取得条件となっている。
 日本でも、中央教育審議会答申「教職生活の全体を通じた教員の資質能力の総合的な向上方策について」(2012)では、教員を高度専門職業人として位置付ける修士レベル化構想が示された。しかしその後、修士レベル化や免許制度の議論は下火になり、教員の実務的な実践力の高度化に焦点が移行した。それに伴い、旧国立大学におかれていた教育学研究科等の多くは専門職大学院である教職大学院として再編され、既存の修士課程の縮小・廃止が進んだ。
 教職大学院におけるプロフェッショナルな学びのメリットは、教職に直結した実践的な専門性を高め、学校教育の現場にダイレクトに還元できることである。しかし、現在の段階の教職大学院には、教科内容および教科教育に関する学びに対応できるだけの教育プログラムが整っておらず、今後の課題となっている。また、修士論文が課されないため、既存の大学院の修士レベルで求められる論理的思考や研究手法が限定的にしか学べないうえ、扱う学問領域も限られるなど、学術の世界の拡がりと深さを経験できないことが懸念される。
 一方で、現役教師が既存の大学院でアカデミックな学びを経験するメリットは、教育学および教科内容の母体となる幅広い学問領域から自分のテーマを設定できることである。また、修士論文執筆の過程を通して、教職経験の中で直面した課題や学校現場の現実を相対化しつつ、基本的なアカデミックスキルを獲得することができる。しかし、休職をして進学する場合は経済的な不安が大きく、教職と並行して修士論文研究を行う場合は時間的な負担が大きい。
【事例】
 教職経験と学び直しによって得た高度な専門性やアカデミックスキルをどのように活かすことができるかは以下の事例から示唆を得ることができる。現職教員の教職大学院修了者は、学校のミドルリーダーとしての役割を与えられ、その後は教育委員会主事や教頭、校長などの管理職へとステップアップしていく事例が多い。一方で、既存の大学院修了者は、教育方法や特別支援教育等の専門性を生かした役割を担う事例、心理学や福祉等の専門性を獲得し、スクールカウンセラーやスクールソーシャルワーカーなど、学校教育の近接領域の専門家としてチーム学校に貢献する事例などが見られる。また、大学等の教員養成機関で教員養成に携わるなど、退職後のセカンドキャリアが拓ける事例もあり、修了後の個人のキャリアは多様に広がっている。
 今後、教職経験を経て高等教育機関に進学する事例は増えていくことが予測されるが、プロフェッショナルな学びもアカデミックな学びも、いずれも個人の主体的な選択によって開放的に展開されることが、多様な専門性を身に付けた教員を育て、学校教育を取り巻く教育の幅広い領域の充実につながるであろう。
 
 


添付資料:

 
  (参考文献)
・白山真澄「社会人学生の進学の動機とリカレントな学びの諸相―保育士・教員養成課程の場合―」『東海学院大学短期大学部紀要』第42号、2015
・白山真澄「教職経験と社会人入学の諸相―個人的拡張とキャリアの変遷に着目して―」日本生涯教育学会第38回大会発表資料、2017
・中央教育審議会答申「教職生活の全体を通じた教員の資質能力の総合的な向上方策について」文部科学省、2012
・文部科学省「学校教員統計調査-平成28年度(確定値)結果の概要」2016



 
 
 
 
   



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