生涯学習研究e事典
 
登録/更新年月日:2019年1月8日
 
 

生涯学習プラットフォーム(しょうがいかくしゅうぷらっとふぉーむ)

キーワード : プラットフォーム 、ICT 、ポートフォリオ 、パスポート
柵富雄(さくとみお)
 
 
 
  1.生涯学習プラットフォームの定義
 生涯学習プラットフォームは、2008年に中央教育審議会が答申した生涯学習の振興方策で初めてその名称が使われた。地域の産・学・官・市民が相互に乗り入れ、地域課題を共有し、学習やその成果の活用を推進する基盤として提言された。その後も必要性や機能について議論がなされ、その積み重ねとして2016年の中央教育審議会答申で、「ICTを活用した生涯学習プラットフォーム(仮称)」として、その役割と機能が示された。すなわち、学習・活動の成果を適切に記録・管理することを希望する学習者のために、1)多種多様な学習・活動機会の情報提供機能、2)学習・活動履歴の記録・証明機能、3)学習者等のネットワーク化機能を提供するための検討を進めるとした。 
 この答申では「プラットフォーム」についての定義は記されていないが、「プラットフォーム」という言葉はすでに幅広く用いられている。たとえばICT利活用の分野では、社会の協働とそのための組織形成を目指したプラットフォームを「多様な主体が協働する際に、協働を促進するコミュニケーションの基盤となる道具や仕組み」と定義している。また、上記の答申では、生涯学習プラットフォームに、多様な学習者、人材を求めている側、社会教育関係者等が参加し、相互に情報を活用することにより、学習・活動をともにするコミュニティの形成や、双方のマッチングが図られるなど、学習者と社会を学びで結ぶ橋渡しの役割が期待されるとしている。
 これらをもとに、生涯学習プラットフォームを「学習が個人にとどまらず、学習者間および社会との関係性によって多様な学習が生まれるとともに、その成果を生かした活動が生まれることを促進する物理的基盤および社会的制度を持つサービス基盤」と表す。
 生涯学習プラットフォームのサービス基盤としては、学習・活動機会に関する情報を横断的に収集・共有し提供するデータベースや、学習・活動の履歴の継続的な記録を可能とする学習者別eポートフォリオ、学習・活動の成果と質を社会的に証明する仕組み、それらを公開し地域の人材として見える化するショーケース、学習者間や人材を求める組織等のネットワーク化を促進するコミュニケーションの場などが挙げられる。
 物理的基盤は、データベースやコミュニケーション等を、インターネットを介して利用可能とするクラウド型の基盤と、学習者がこれらを活用しつつ、自己の学習・活動履歴を蓄積・管理するパーソナルツールにより構成されることが考えられる。
 
  (参考文献)
・中央教育審議会『新しい時代を切り拓く生涯学習の振興方策について ?知の循環型社会の構築を目指して?(答申)』、文部科学省、2008年
・中央教育審議会『個人の能力と可能性を開花させ、全員参加による課題解決社会を実現するための教育の多様化と質保証の在り方について(答申)』、文部科学省、平成2016年
・國領二郎『創発経営のプラットフォーム ?共同の情報基盤づくり?』、日本経済新聞社、2011年
・柵 富雄『生涯学習プラットフォームの実証的研究』、神戸学院大学大学院人間文化学研究科学位論文、2017年
 
 
 
  2.生涯学習プラットフォームの効果と課題
 生涯学習プラットフォームの構築により、次のような効果と課題が考えられる。
1)自己開発のパーソナルツール
 ICTの効果的な活用により、学習・活動のパーソナルツールとしていつでもどこからでも活用できるようになる。フォーマルな学習・活動だけでなく、職業や社会生活におけるノンフォーマル/インフォーマルな学習・活動も記録し、自己成長の確認や目標に生かすことができる。
 一方で、その活用があくまでも個人の自発性によるものであることから、活用の動機づけや活用の容易性が重要となる。得られるインセンティブや活用の様子の見える化など、活用を促す検討が求められる。
 また、学習・活動の記録は、運営組織で管理せず個々人の管理下に置くという考え方が求められることから、個々人の責任で安全に情報を管理するための方策が求められる。
2)ワンストップ・サービス
 学習機会と活用機会、地域課題等が横断的に提供されることで、双方を関連付けて情報を得ることができるようになる。その情報をもとに関係機関や支援人材と連絡を取り合うことも容易となる。また、関係機関や支援人材にとっても情報を共有する基盤となる。
 そのためには、学習の場、活動の場、支援する機関等のネットワーク化が前提となる。情報の出所や更新の責任の所在についても検討が必要である。また、生涯学習センターや公民館等の生涯学習・社会教育施設の窓口を通した活用も重視される必要がある。特に学習相談や活動相談を担う相談員を介して行う、学習・活動の振り返りや社会的な意味づけ、その活用に向けての取り組み方を支援する役割は一層重要となる。
3)学習・活動実績に対する評価の獲得
 個人の学習・活動に対する社会的通用性を持った評価を得ることができる。
 一方で、多方面にわたる学習・活動の場と連携した証明のしくみが不可欠となる。証明の方法として、すでに海外で普及が進んでいるデジタル認証(オープンバッジ等)も視野に入れることが望まれる。また、学習・活動の質を保証するための評価の枠組みづくりも期待される。資格・検定制度により質を保証する基準が明確なものだけでなく、職業経験を通して培ってきた多様な能力や、他者の問題解決、地域課題の解決に貢献した実績など、基準を定めにくい成果をどのように評価し質を保証するか、ノンフォーマル/インフォーマルな学習・活動も視野に入れ、さまざまなケースについての検討の積み重ねが求められる。なお、学習・活動の証明にあたっては、国全体で通用する質保証の枠組み(National Quality of Framework = NQF)の構築が望まれるが、海外で進んでいる一方で日本は検討段階である。
4)地域の実践コミュニティの形成
 学習者等のネットワーク化を促進することは、地域課題への気づきと共有の機会になり、それぞれの知識や経験を持ち寄り協働して課題解決にあたる実践コミュニティの形成が期待できる。
 ただし、実践コミュニティの形成は、生涯学習プラットフォームの利用者という括りで捉えるのではなく、SNS等を介して他のプラットフォーム上に移行して形成されることもありうるとする必要がある。
 
  (参考文献)
・Wenger,Etienne.『Communities of Practice : Learning, Meaning, and Identity.』Cambridge University Press、1998年
・柵 富雄『学習成果の活用を考える市民の課題と支援方略の考察』日本生涯教育学会、日本生涯教育学会論集第37、2016年、pp.201-210
・柵 富雄『生涯学習プラットフォームの実証的研究』、神戸学院大学大学院人間文化学研究科学位論文、2017年
・地域eパスポート研究協議会『平成25(2013)年度ICTの活用による学習成果の評価・活用に関する実証研究(文部科学省委託事業) 地域の中核的な生涯学習機関におけるeポートフォリオ・eパスポート活用の実証的研究報告書』、 地域eパスポート研究協議会、2014年
 
 
 
  3.生涯学習プラットフォームの事例
 生涯学習プラットフォームに想定される機能の内、学習機会に関する情報を網羅的に収集し提供する「生涯学習情報提供システム」は全国で実施されている。また、学習・活動の履歴の記録と評価についても、生涯学習パスポート(東広島市など)や単位認定カード(富山県など)が発行され、記録に応じた認定や表彰が各地で行われている。さらに、ボランティア講師(大阪市など)やリーダーバンク(兵庫県など)の登録により、活動機会を支援する取り組みの事例が多くある。
 一方で、人材を求める側の情報の収集・提供や活動機会を求める人材とのマッチングは、シニアプラザ(茨木市など)での実施例は多いものの、社会教育・生涯学習部門では見られないのが現状である。また、ICTを基盤としてこれらが情報連携し、学習者に機能を提供している例は国内では見られない。
 そのような中で、取り組みが生涯学習プラットフォームの構築の参考となる事例を紹介する。
1)インターネット市民塾
 市民の地域デビューを応援し地域人材の顕在化を図ることをねらいに、平成11年から取り組まれている。市民と社会を学びで結ぶ役割を担うため、経験・知識を役立てる市民講師制度や、その過程を記録しPDCAサイクルを回すeポートフォリオ、学習者間の知識交流と実践コミュニティ形成の促進、地域人材認定機構を設置し認定者に「地域eパスポート」を交付する実践的試行を行っている。実践評価によりその効果や課題を明らかにし報告している。ICTを活用した生涯学習プラットフォームのプロトモデルと見ることができる。
2)ローフォリオ・プロジェクト
 インターネット市民塾と類似する取り組みが海外にある。フランスのロレーヌ圏では、eポートフォリオやショーケースを活用して地域人材の見える化に取り組んでいる。ローフォリオ(Regional of Lorrane made e-Portfolio : Lorfolio)と呼ばれ、自治体、大学、関連する機関の協力により、キャリア開発のためのポートフォリオ作成・記録システムを開発。一人ひとりが自身の持つ能力を広く社会に説明するツールとしている。大学生、現役の社会人やシニア層のほか、高校生も対象に活用を進めていることが特徴で、学習や経験を積み重ねた人たちを地域人材のショーケースとして見える化し、地域内の人材のマッチングや、卒業後の地域での働き方を考える高校生・大学生への支援にも役立てようとしている。
2)APL(Accreditation Prior Leaning)
 イギリスで実施されている、職業を通して身に付けた専門的知識やスキルを大学の単位として認定するしくみ。ポートフォリオを利用してノンフォーマルな学習で習得した学習成果も対象としている。大学での単位認定を得ることで、自身の持っている知識やスキルを理論的な根拠をもって説明できるとともに、見えなかった自身のプロフェッショナリズムを確認することにも役立っている。また、単位の認定をもとに新たな活動を目指した学び直しのプランニングにも役立つものとなっている。
3)PDP(イギリス)
 イギリスでは、すべての大学の学生や社会人の継続的な自己開発を支援することを目的として、自己開発計画(Personal Development Planning / Program : PDP)が学習支援の基盤として整備されている。eポートフォリオに学習成果や業績を記録し、自己開発をモニターし、省察する手段として活用されている。高等教育質保証機関(QAA)によるガイドラインの規定や、全英成果記録センター(CRA)の設置によって、全英の共通基盤として普及している。
 
  (参考文献)
・文部科学省『生涯学習センター・社会教育施設の現状及び課題に分析等に関する調査』、文部科学省、2012年
・国立教育政策研究所社会教育実践研究センター『生涯学習センター等の新たな役割に関する調査研究報告書』、国立教育政策研究所、2009年
・加藤かおり『イギリスの高等教育におけるPDP』シリーズ大学と社会を結ぶeポートフォリオ、文部科学教育通信No.289、2013年
・柵 富雄『生涯学習プラットフォームの実証的研究』、神戸学院大学大学院人間文化学研究科学位論文、2017年
・地域eパスポート研究協議会『平成25(2013)年度ICTの活用による学習成果の評価・活用に関する実証研究(文部科学省委託事業) 地域の中核的な生涯学習機関におけるeポートフォリオ・eパスポート活用の実証的研究報告書』、 地域eパスポート研究協議会、2014年
 
 
 
 
   



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