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登録/更新年月日:2025年4月4日
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1.社会教育関係団体としてのNPO法人高崎第九合唱団 1.社会教育関係団体とは 社会教育関係団体は、社会教育法第10条に、「法人であると否とを問わず、公の支配に属しない団体で社会教育に関する事業を行うことを主たる目的とするもの」と規定されている。しかし、この規定は行政が団体に対して支援する際のある一定の原則を示したもので、「実体的な概念ではない」との見方もあり、団体数や活動内容等は把握されていないのが現状である。しかし、「社会教育活動の隆替のバロメーターは、社会教育関係団体の消長にある」という指摘があるように、社会教育関係団体の活動が、その構成員や地域の社会教育に何らかのかたちで影響を与えていることは間違いないであろう。 社会教育関係団体である以上、その活動の中では学習が行われ、構成員には意識の変容が起こると想定される。具体的にどのような変容があるのか、そのことにより構成員のウェルビーイングの向上が見られるのかを、高崎市の社会教育関係団体であるNPO法人高崎第九合唱団(以下、「高崎第九合唱団」と言う。)を事例として取り上げ、検証していく。 2.高崎第九合唱団の沿革 高崎第九合唱団は1974(昭和49)年に設立された市民合唱団で、設立当初からプロオーケストラである群馬交響楽団の演奏で、群馬音楽センターを会場として年末に第九を歌い続けてきた。1989(平成元)年には、希望者を募って第1回海外公演を実現し、2023(令和5)11月には第10回目の海外公演としてウィーンの楽友協会(黄金の間)で演奏会を行った。2006(平成18)年10月に、NPO法人化している。 高崎第九合唱団の定款第3条の目的に「この法人は、ベートーヴェン第九交響曲合唱等の普及発展とその演奏及び鑑賞等をとおし、社会教育とまちづくり等に関する事業を行い、地域文化の振興と国際文化交流に寄与することを目的とする。」と規定している。第5条には特定非営利活動に係る事業が具体的に掲げられ、その中に「国際文化交流活動による世界平和と人類愛の啓発」が示されており、この規定が他の全ての活動に通底する理念となっている。 特に、近年の活動は目覚ましく、2019(令和元)年9月には高崎芸術劇場「こけら落し」公演に出演。2020(令和2)年12月には、新型コロナウイルス感染拡大に伴い世界的規模でコンサートが自粛される中、日本で唯一のフルオーケストラによる第九演奏会を開催。2022(令和4)年5月15日の沖縄本土復帰記念日には、「希望と平和を歌に託して」をテーマとして、ウクライナ情勢を踏まえ歌で平和を訴えるコンサートを開催。そして、2023(令和5)年1月には、ウクライナ国立歌劇場との第九の共演を果たしている。 高崎第九合唱団の団員は、これらの音楽活動を通じて意識を変容させているのか、また、それは団員のウェルビーイングの向上に影響をもたらしているかを明らかにしていく。 なお、ここでのウェルビーイングの定義は、世界保健機関憲章前文で示された「肉体的にも、精神的にも、そして社会的にも、すべてが満たされた状態」とする。 |
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(参考文献) ・井内慶次郎・山本恒夫・浅井経子『改訂 社会教育法解説』全日本社会教育連合会、平成20(2008)年 ・NPO法人高崎第九合唱団ホームページ https://takasaki-no9.info/ |
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2.アンケート調査について 1.アンケート調査実施概要 高崎第九合唱団員の活動状況や意識を把握するため、アンケート調査を実施した。調査項目は以下の通りである。 (1)経験年数(選択式) (2)入団動機(選択式・複数回答) (3)高崎芸術劇場「こけら落し」公演への参加の有無・感想 (4)コロナ禍での定期演奏会への参加の有無・感想 (5)ウクライナ国立歌劇場「第九」共演への参加の有無・感想 (6)海外公演への参加の有無・感想 (7)活動で重視していること(選択式・複数回答) (8)活動を通して自分の考え方や行動が変化したと思うこと 調査対象人数は141人で、138人から回答を得た(回収率98.9%)。 経験年数は10年未満が92人(68.8%)で、その中でも、高崎芸術劇場のこけら落し前後に入団した1年以上5年未満の人数が53人(38.4%)と一番多かった。 入団動機(複数回答)では、「(6)友人・知人・家族に誘われた」60人、「(1)以前から合唱の経験があり、合唱をしたかった」41人が多く、「(4)第九合唱団の活動の趣旨(音楽による平和・友好の推進)に賛同した」は10人と一番少ない結果となった。(添付資料参照) 団員の意識の変容を把握するためには、ある程度の経験年数が必要なため、経験年数1年未満の団員を除く115人について以降の質問項目を検討した。 活動で重視していること(複数回答)では、「(1)第九(音楽)を楽しみたい」 81人、「(2)声を出すことで、健康増進に努めたい」43人、「(5)友人や仲間をつくりたい」 39人と個人的な興味・関心に基づく理由が上位を占めた。しかし、4番目として「(9)第九(音楽)を通して平和・友好の活動に貢献したい」が34人となった。 入団動機で「(4)第九合唱団の活動の趣旨に賛同した」を選ばず、活動で重視していることの項目で「(7) 第九(音楽)のすばらしさを多くの人に伝えたい」、「(8) 第九(音楽)による国際交流を進めたい」、「(9) 第九(音楽)を通して平和・友好の活動に貢献したい」を選択した団員は、高崎第九合唱団の活動を通じて意識をより積極的、能動的に変容させたと想定される。アンケート調査は複数回答であり、有効回答数の実人数に直すと101人であった。その内45人(44.5%)が入団動機で(4)を選ばず、活動で重視していることで(7)、(8)、(9)のいずれかを選択したという結果だった。 2.自由記述から見える団員の意識 アンケートの自由記述でテキストマイニング(出現頻度順)を実施した結果を分析すると、以下のような状況が導き出された。 ・「できる」という肯定的な感情を持つ割合が多い。 ・「思う」「感じる」という能動的な感情が働いている。 ・活動を通じて「素晴らしい」「良い」と思える体験をしている。 ・「感動」し、「感謝」の気持ちをもっている。 ・上記のことは、 「演奏会」 に「参加」して「音楽」「第九」を「合唱」で「歌う」ことで生じている。 ・否定的な語は「不可能な」「不安な」「不自由な」のみで、コロナ禍での定期演奏会に関連して発せられているが、その後に「それでも歌えた」という肯定的な意見が続いている。 |
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3.社会教育活動とウェルビーイングの向上 1.PERMA理論 ウェルビーイングを高めるための要素(PERMA理論)は、以下の5項目と言われる。 (1)ポジティブ感情 嬉しい、面白い、楽しい、感動、感謝などの感情 (2)何かへの没頭 時間を忘れて何かに没頭すること (3)人との関係 利他的な関係、人と助け合う関係 (4)生きる意味 社会に対して、自分ができることは何かを考えること (5)達成 何かを成し遂げる、あるいは成し遂げるために努力すること 5項目に団員の自由記述を当てはめてみた。((2)は該当なし) 〇 高崎芸術劇場「こけら落し」公演 (1)新しい歴史の第一歩に立ち会えたことに感動。 (3)団員と共に素晴らしい演奏ができた事は一生の思い出。入団のきっかけをつくってくれた知人に感謝。 (4)これからも、仲間と共に音楽を広めていきたい。 (5)一大イベントに参加できた満足感は大きく、ステージ上から見た客席の様子は今でも忘れられない。劇場内に自分たちの歌声が響き渡っているのに感動。 〇 コロナ禍での定期演奏会 (1)不自由、不安な状況を克服して第九が歌えたことに感動。必ず成功させるという信念で導いてくれた団長や役員に感謝。 (3)「音楽をやりたい」という強い思いを共有できる人達と一緒に活動できてよかった。 (4)第九を歌うことへの使命感を感じた。できる限りのことをして、我々の歌声を聴衆に届けたいと強く思った。 (5)第九の歴史を途絶えさせないために、いかにしたら演奏会を開けるかを考えた。辞めることは簡単だが、いかなる状況でも諦めないことの大切さを学び、広く感動を共有することができた。コロナ禍で歌えない日々が続き、世間の目もあり、なかなか難しい決断だっただけに、歌えた事に感動。 〇 ウクライナ国立歌劇場「第九」共演 (1)歌えることの有難さを実感し、平和が当たり前でないことも痛感。第九を歌って涙が出たのは初めて。 (3)演奏終了後、すれ違いざまに胸に手を当ててお互いの気持を伝え合えたことは一生忘れない。 (4)音楽が平和や友好に与える力は大きく、それらに貢献できるように活動したい。 (5)国を超えた音楽の交流ができたことが印象深かった。 2.意識の変容 男性パートでは、活動に「生きがい」や「やりがい」を感じている、友人・知人が増えた、自分のための活動だったものが「他者」や「地域社会」にも目が向くようになった、などが挙がった。 女性パートでは、努力が実を結ぶことを体験できた、仲間と心を一つにして「他者」を思いやることを学んだ、活動を続けるために「健康」を意識するようになった、などが挙がった。特に、「世界の平和は自分には大きすぎると感じていたが、第九を通して少しでも関われるのではないかと思えるようになった。」という記述は、端的に意識の変容を表している。 3.意識の変容とウェルビーイングの向上 高崎第九合唱団では、日頃の練習や様々な音楽活動を通して団員の意識の変容が認められた。また、それらの団員のアンケート調査の自由記述を分析した結果、ウェルビーイングの向上が確認できた。 高崎第九合唱団が行う音楽を通じた社会教育活動は、団員の意識に変容をもたらし、ウェルビーイングの向上に影響していると共に、団の活動や団員の意識の変容によって、地域の社会教育の発展に貢献しているとも言えるであろう。 |
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(参考文献) ・前野隆司・前野マドカ『ウェルビーイング』日経BP、2022(令和4)年 |
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