生涯学習研究e事典
 
登録/更新年月日:2022年12月31日
 
 

精神的自立が高齢者の社会参加に及ぼす影響(せいしんてきじりつがこうれいしゃのしゃかいさんかにおよぼすえいきょう)

キーワード : 精神的自立 、社会参加 、高齢者
神部純一(かんべじゅんいち)
 
 
 
  1.精神的自立とは
 日本人の平均寿命が年々延びている現在、人生100年時代を見据えた人生設計が必要となってきている。その際「自立」の維持は、30年を超える高齢期を豊かに生きるための重要な鍵であり、身体的、経済的、精神的な自立を維持しつつ、長い高齢期を幸福感をもって生きることが、サクセスフル・エイジング(successful aging)の重要な課題となる。
 自立は、「身体的自立」や「経済的自立」等、多様な要素によって構成される概念であるが、「精神的自立」も多くの研究者が自立の重要な構成要素に含めている。
 「精神的自立」とは何を意味するのか。この自立の中心にあるのは「自己決定」の力である。藤崎弘子は、「精神的自立」を「自分の人生は自分で決めるという『自己決定の原理』にほかならない」と述べている。また、深谷和子は、「当面した問題を自分で決められる能力、『自己決定能力』が備わった状態」を「精神的自立」とし、久世敏夫らも「精神的自立」を「行動の自立を基礎として、多様な価値基準から自己に適した選択を自らの判断に基づいて行うこと」と定義している。
 高齢者の自立においては、 この「精神的自立」がより重視されるべきである。もし、 身体的な自立や経済的な自立のみを強調し、 他者に頼らず何でも一人で行えることを高齢者の自立とするならば、 高齢者が自立を追求し続けることは難しくなるだろう。しかし、 身体的自立が低下したとしても、 それを自己決定を中核とする「精神的自立」によって補うことで、 人は自立を維持することが可能になる。すなわち、 身体的な衰えを受容した上で、 自分にできることは自分で行い、 援助を得ることが最適な解決策だと判断した場合には、 他者の援助をうまく活用し衰えに適応していくことで、 高齢者は自立した生活を維持していくことができるのである。
 精神的自立を測定する尺度には、 鈴木征男と崎原盛造が開発した、8項目からなる「精神的自立性尺度」がある。この尺度では、精神的自立性の構成要素として、まず「自分自身が物事を決定し、それに対して責任を持てるという態度(自己責任性)」を挙げている。また現代の高齢者は、長期化した高齢期をいかに生きるのかが問われていることから、「自分の生き方、目標が明確になっており、その目標に向かって生きていくこと(目的指向性)」も精神的自立の構成要素として含めている。
 
  (参考文献)
・藤崎宏子『高齢者・家族・社会的ネットワーク』培風館、1998年
・深谷和子「自立とは何か−身辺自立、経済的自立、精神的自立、そして「社会的自立」−」『児童心理』54(1)、金子書房、2000年、pp.11-16
・久世敏夫、久世妙子、長田雅善『自立心を育てる』有斐閣、1980年
・鈴木征男、崎原盛造「精神的自立性尺度の作成−その構成概念の妥当性と信頼性の検討−」『民族衛生』62(2)、日本民族衛生学会、2003年、pp. 47-56
 
 
 
  2.高齢者の社会参加の意義
 高齢者の社会参加を促進することは、高齢者自身や地域にとって次のような意義がある。例えば、身体的な衰えや社会的地位、人間関係の喪失等、多くの喪失を経験する高齢期において、地域の中で自らの知識や技能が必要とされ、役立っているという実感は、高齢者の有用感や生きがい感を高める。さらに活動を通じて人と人がつながることは、高齢者の社会的孤立化を防ぎ、ひいては地域の活性化にもつながる。
 例えば、滋賀大学等が実施した『シニアの社会参加に関する調査』では社会参加の有無と生きがい感との関係を分析している。その結果、社会参加活動を「行っている」人では57.2%が生きがいを「十分感じている」のに対して、「行っていない」人では42.3%にとどまっていた。
 また、高齢者の単独世帯の増加に伴い、孤立や引きこもり、消費者被害といった、社会的孤立がもたらす問題が浮き彫りになってきており、社会的孤立状態の改善に向けた様々な取り組みが行われている。社会参加の促進もその一つである。内閣府の『高齢者の地域社会への参加に関する意識調査(平成25年度)』によれば、活動全体を通じて、「参加して良かったこと」として、回答者の半数近くが「新しい友人を得ることができた」と回答している。社会参加は、その活動を通じて人と人をつなぐ大切な役割を果たしているのである。
 近年は、「フレイル」に対する関心も高まっている。「フレイル」とは、日本老年医学会の定義によれば「高齢期に生理的予備機能が低下することでストレスに対する脆弱性が亢進し、生活機能障害、要介護状態、死亡などの転帰に陥りやすい状態で、筋力の低下により動作の機敏性が失われて転倒しやすくなるような身体的問題のみならず、認知機能障害やうつなどの精神・心理的問題、独居や経済的困窮などの社会的問題も含む概念」のことである。フレイルには「身体的フレイル」、「精神的フレイル」、「社会的フレイル」があるが、これらのうち「社会活動への参加や社会的交流に対する脆弱性が増加している状態」である「社会的フレイル」は、フレイルの最初の入り口として注目されている。すなわち、飯島勝矢によれば、「社会とのつながり」が低下することにより、「生活範囲」が狭まり、「こころ」にダメージがかかり、「口腔機能」が低下し、「栄養状態」が悪くなるといったドミノ倒しによって、フレイルが促進されるという。フレイル予防のためには、いかに社会参加を維持・促進していくのかが重要な鍵となる。
 
  (参考文献)
・神部純一「シニアの社会参加に関する調査−高齢者の生きがいと社会参加・学習活動−」 『滋賀大学社会連携研究センター報』6、滋賀大学社会連携研究センター、2018年、pp.120-133
・日本老年医学会「フレイルに関する日本老年医学会からのステートメント」2014年
・藤原佳典「地域高齢者における社会的フレイル概念と特徴−社会的側面から見たフレイル」『日本転倒予防学会誌』3(3)、2017年、pp.11-16
・飯島勝矢「高齢者と社会(オーラルフレイルを含む)」『日本内科学会誌』107(12)、2018年、pp.2469-2477
 
 
 
  3.高齢者の精神的自立と社会参加の関係
 以下は、滋賀大学等が実施した『シニアの社会参加に関する調査』のデータを用いて、高齢者の精神的自立と社会参加との関係を分析した結果である。精神的自立の測定に関しては、鈴木征男と崎原盛造が開発した「精神的自立性尺度」を使用している。
(1)精神的自立性と社会参加活動の実態・ニーズ
 社会参加活動の実態、ニーズともに、精神的自立性の程度が高くなるにつれて、活動を「行っている」、「行いたい」と回答した人の率が高くなる傾向が認められた。精神的自立性の高い人は、社会参加への意欲が強く、実際の活動率も高いということである。こうした傾向の背景の一つには、主観的健康度の高さがある。精神的自立性が「高位群」の人の86.4%が「健康である」と回答していたのに対して、「低位群」の人では57.1%にとどまり、逆に「健康ではない(「あまり健康ではない」+「まったく健康ではない」)」と回答した人の率が4割を超えていたのである。
 ただ、主観的健康度が低い人でも、精神的自立性が「中位群」以上の人は5割前後が社会参加活動を行っており(低位群31.3%)、社会参加活動のニーズも、精神的自立性が「高位群」の人のほぼ6割が「行いたい」と回答している(中位群41.8%:低位群23.2%)。
 この結果は、主観的健康度が低い人でも、精神的自立性を高めることで、高齢者の社会参加を促進することが可能であることを示している。   
(2)精神的自立性と社会参加の実態・ニーズの年齢変化
 社会参加活動を「行っている」「行いたい」と回答した人は、実態、ニーズともに、どの年代でも精神的自立性が「高位群」の人の率がもっとも高く、次いで「中位群」、「低位群」の順となっていた。
 それぞれの群の特徴をまとめると次のようになる。
社会参加活動を「行っている」人の率は、「中位群」の人では、どの年代でも60%前後、「低位群」の人では、「75-79歳」を除けば、40%前後で推移していたのに対して、「高位群」の人では「75-79歳」までは上昇し、「80歳以上」でも70%台を維持していた。
 また、社会参加活動を「行いたい」人の率については、「中位群」、「低位群」の人ともに、「75-79歳」までそれぞれ50%台、30%前後を維持していたが、80歳以後はその率を急激に低下させたのに対して、「高位群」の人は80歳を超えても60%台を維持していた。
 以上のことから、精神的自立性が「高位群」の人は、社会参加活動の実態、ニーズともに、年齢に関係なく高水準を維持し続けることができることが明らかとなった。精神的自立は、高齢者にとって長く社会参加への意欲を持ち、社会と関わっていくための重要な要因であるといえよう。
 
 
 
 
   



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