生涯学習研究e事典
 
登録/更新年月日:2022年2月2日
 
 

地域消防団員の教育ニーズ(ちいきしょうぼうだんいんのきょういくにーず)

キーワード : 消防団大学 、消防団の教育システム 、課題研究
中嶋 克成(なかしま かつしげ)
 
 
 
  1.消防団員の教育ニーズ
 消防団は地域防災の要として消防をはじめとする様々な災害に対応している。近年は災害の多発化により、消防団員も時代や災害状況の変化に応じた知識と技術の更新を伴う教育が必要な時代となった。そのため、現在は単に消火技術を持つだけでなく、災害時の救助活動、避難誘導、それ以前の予防活動等、様々な技能を求められている。
 しかしながら、消防団での教育やスキルアップの機会は十分担保されているとはいいがたい。中嶋(2020)は、「一般の団員が参加できるのは毎年1回の『1日訓練(研修)』のみである。徐々に改善されつつあるが、内容も『訓練礼式』や『行進の仕方』などおよそ現場での実践とは乖離したもの」が多いと指摘している。また、放水を伴う訓練が実施されても、シンクロ率や火災防御と関係のない動きが得点の対象となっている「操法」大会の訓練に最も力を入れている現状がある。そのような中で山口市では、若手消防団員が1年間にわたり、消防・防災に関する高度な専門知識や技術を学ぶとともに、消防団組織の現状を踏まえた課題研究を行う消防団員研修「消防団大学」を開催しているが、このような先進的な取り組みを行っている自治体はまだ限定的である。
 このような消防団員教育の状況改善のため、中嶋(2021)は、消防団教育システム構築の萌芽として、消防団員へのアンケートを実施・分析している。そこで多くの団員が消防活動のための教育システムを望んでいることを示している。
 消防団に入団しての満足度、知識・技術の習得状況、またその正確性、知識・技術の必要性、危機回避能力の有無、団活動の安全性、教育システムの必要性の有無、そのシステムの教育方法と内容、教育システムのニーズについて、伝承すべきこと、新入団員の勧誘の取組などを調査するアンケートを作成・実施した。
 アンケートを分析したところ、消防団員の教育ニーズは「教育内容」、「教育計画」の2つに集約されることが分かった。以下二章にそれぞれの回答を整理している。
 
  (参考文献)
・中嶋克成「消防団における教育システムの構築への萌芽的研究」『日本生涯教育学会論集』41号、pp.111-120、2020
・中嶋克成、河村靖則、原田進、森次裕之、河村光範、田中結希「消防団大学の実践と継続に向けた今後の課題」『日本生涯教育学会論集』41号、pp.121-130、2020
 
 
 
  2.教育内容
 「教育内容」としては、<知識>、<技能>、<態度>の3つのニーズが見られた。
 <知識>に関する教育ニーズの回答数は最も多く、団員の多くが求めている内容であることが分かる。その中でも特に [基本的知識]教育へのニーズは高い。[基本的知識]としては、「消防機械・資機材の名称」「消防機械・資機材の取扱い方法」などを学びたいと思う団員が多かった。他にも「水害」や「大規模災害」のような[火災以外の知識]などの教育ニーズもみられた。永田(2013)も指摘するように、多くの地域で、消防団は水防団を兼務しており、水害等の発生時には、消防団員は水防団員の身分で、被災現場に出動することになる。また、平成30年7月豪雨の被災状況からも分かる通り、水害の場合は火災以上に広範囲(土砂災害警戒情報発令19市町等)にわたるため、消防団(水防団)の迅速な対応が求められている。
 その他にも、「集団活動としての安全対策」、「災害事例等の対処法」、「危険予知の訓練」などの[事例]についての教育を希望する声が多くあった。宮永(2014)も「KYT(危険予知訓練)について」の中で危険予知訓練を通した「安全管理」意識の獲得の重要性について述べている。消防団大学の学習カリキュラム上にも災害事例を基にした演習時間が設けてあり、この手法を一般の消防団員の教育にも援用していくことも考えていかなければならない。
 <知識>教育についでニーズが高かったのが<技能>教育である。特に消防団員から求められていたのは[基本的技術]の獲得である。消防ポンプ自動車等を出動させるためには3人以上の消防団員の搭乗を要する。したがって、「全員が操作できるような訓練」は欠くべからざる訓練と言えよう。[操法]は消防法第一条に「消防吏員及び消防団員の訓練における消防用機械器具の取扱い及び操作」とあり、この教育を「もつて火災防ぎよの万全を期すること」と定められている。[操法]が「もつて火災防ぎよの万全を期すること」と「火災」防御に特化しているが、[火災以外の技能]の訓練を求める回答も見られた。「応急」教育として、例えば山口市では一部分団で「普通救命講習」を通した「普通救命講習修了」資格者づくりや大規模災害等対応のための「救助部隊」の創設などで実施されている。
 <態度>については、[コミュニケーション能力]、[ストレスチェック]、[アサインメント]についてのニーズが多く見られた。 [コミュニケーション能力]は消防団員の場合、普段の人間関係の構築だけでなく、防災広報や消火活動、大規模災害現場でのコミュニケーションなど「ハイリスク場面で活用できるコミュニケーション」を求められることが特徴といえる。 [ストレスチェック]は事業所では労働安全衛生法第66条の10に基づき、50人以上の事業場で実施を義務付けられている。消防団員はその職務の特性上、人の生死に立ち会うなどシビアな場面に遭遇することが少なくない。[ストレスチェック]をフィードバックできるような教育システムを構築していくことで、消防団員の精神的な負担を一定程度軽減できる可能性がある。 また、消防団の[アサインメント]に関する教育を要望する回答も見られた。
 
  (参考文献)
・中嶋克成、河村靖則、原田進、森次裕之、河村光範、田中結希「消防団大学の実践と継続に向けた今後の課題」『日本生涯教育学会論集』41号、pp.121-130、2020
・永田尚三「消防団の現状と課題―共助の要である消防団の衰退を食止めることは可能なのか―」
『武蔵野大学政治経済研究所年報』7、pp.77-111、2013
・宮永賢成「KYT(危険予知訓練)について (特集 消防活動と安全管理)」『消防研修』(95)、pp.42-48、2014
 
 
 
  3.教育計画
 「教育計画」に関するニーズでは、<目的>、<カリキュラム>、<指導者>、<教材・教具>、<実施主体>、<教育方法>、<日程>の7つについての回答が見られた。
 まず、<目的>では、[安全教育]、[ベースアップ]の2つにニーズが集中していた。[安全教育]は消防団活動の根幹にかかわる事項であるが、東日本大震災で活動中の多数の消防団員の命が奪われたことからその重要性が再認識されているところである。[ベースアップ]は「教育内容」の[基礎的知識]、[基本的技術]とも共通する部分があると思われるが、その根底にあるのは、全ての団員が消防活動に必要な最低限度の知識・技術を身に着けるべきという考えである。
 <カリキュラム>については[目的ベースカリキュラム]、[経験ベースカリキュラム]の2つのニーズが見られた。[目的ベースカリキュラム]は[目的]をベースにした上で教育カリキュラムを作成することが重要ととらえたものであり、[経験ベースカリキュラム]は目的を度外視するわけではないが、むしろ消防団員の「個」に応じてその「教育計画」を設定すべきだとする考え方である。両者のバランスを持ったカリキュラム開発が求められる。
 <指導者>は中嶋(2020)が指摘した「根拠のある知識・技術」を学びたいという意欲から発したニーズである。基本的に消防団員は知識・技術を分団内で学ぶが、[署員]から「指導・訓練を受けたい」とする回答もあった。その指導にあたっては、適切な<教材・教具>の選定を望む声が多い。<教材・教具>のうち、[テキスト]については『山口市消防団活動マニュアル』が整備されていているが、現状では活用されておらず、今後はこれをどのように生かしていくかが課題となるだろう。<教材・教具>としてはこれ以外にも[映像資料]の提供のニーズもあった。
 <実施主体>に関するニーズは[方面隊]や[分団]といった自身の居住ないし活動地域での実施を希望するものが多い。必要とされる技術についての重点的な訓練は消防学校で実施されるが、「分団ごと」「方面隊ごと」の訓練を望む傾向が強く、消防学校での訓練についてのニーズはみられなかった。ここからは「方面隊一日訓練」の実質化という課題と、「消防学校での訓練」の在り方という2つの課題も見えてくる。
 <教育方法>として、[反復指導]、[実践指導]などのニーズも見られた。[反復指導]については、特に救助に使用する「ロープ結索」方法や、救命の際の「心肺蘇生法」は繰り返し練習を行う必要がある。山口市の場合「心肺蘇生法」の講習についてはおおむね2年に1回「普通救命講習」を受講することが求められている。もう一つの[実践指導]は最も回答数が多かった。前章「教育内容」で述べた[操法]とは逆に、「ポンプ操法のような形式ではなく、実践的なものを習得」という回答が見られた。山口市でも中嶋(2020)論文の結果を受けて、2021年度から火災防ぎょと救命訓練を併せた実践型訓練が山口消防団大学のカリキュラムとして実施されることとなった。教育方法と関連して<日程>については、[定期訓練]と[参加しやすい日程]のニーズが見られた。
 
  (参考文献)
・中嶋克成「消防団における教育システムの構築への萌芽的研究」『日本生涯教育学会論集』41号、pp.111-120、2020
 
 
 
 
   



『生涯学習研究e事典』の使用にあたっては、必ず使用許諾条件をご参照ください。
<トップページへ戻る
 
       
Copyright(c)2005,日本生涯教育学会.Allrights reserved.