登録/更新年月日:2021年2月4日
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1.セグメントの定義と成人学習研究への応用 市場分析やマーケティングでは、顧客を属性ごとに特徴づけることを「セグメント」といい、その特徴に応じた戦略をとることを「ターゲッティング」と呼ぶ。セグメントとは、居住地などの地理的条件、年齢・性別などの人口動態、あるいは心理・行動パターンなど、多種多様な基準で集団を特定することであり、企業等では、セグメントされた集団ごとの購買行動の傾向や特徴を明らかにした上で、特定の顧客をターゲッティングした販売戦略の検討を行う。 このような手法を援用し、成人学習者を何らかの基準で集団として取り扱い、その特徴からターゲッティングする試みは、多様な動機やニーズを有する成人の学習行動の把握、マーケット・メカニズムの需給によって左右される教育研修・訓練事業などの成人学習市場の分析、そして成人学習者への支援の方向性の検討を行う際に有効なやり方の一つであろう。 まずは、成人学習者をいくつかの属性で層化する簡単な例として、雇用形態(正規雇用、非正規雇用、無業等)を3区分、性別(男性、女性)を2区分、年代(30代前半・後半、40代前半・後半、50代前半・後半、60代前半・後半)を8区分とした場合を想定してみたい。この場合、雇用形態3区分×性別2区分×年代8区分の合計48セル(区分)が生じる。インターネット調査会社に調査票を委託し、モニターの中から指定したセグメントに合致する者を対象に、この48セルが同じ数のサンプル数になるようにデータ集約を依頼する。1セルあたり100人とすれば、調査全体のサンプル数は、4,800人相当になる。一般には、それぞれのセルが所定の数(ここでは100人)を超えた段階で回答依頼は打切りとなる。 インターネット調査は、登録したモニターのみを対象とするためサンプリング・バイアスが生じるとの批判がある。それに対し、成人を対象とした郵送法での調査での回収率は一般には低く、また郵送法での調査にあっても代表性は万全ではないため、インターネット調査のモニターが大きく偏っていると言い切ることはできないとされる。いずれにしても、インターネット調査を実施する際には、モニターを多く有し、モニターの属性の偏りが少ない調査会社を慎重に選択することが肝要となる。 インターネット調査を行う利点としては、調査で企画するセグメントの条件に沿った所定のサンプル数のデータ取得を指定できることから、ランダム・サンプリングではアクセスが難しい層のデータを操作的に厚く取ることができる。前述の例によれば、雇用形態として、非正規雇用や無業等のサンプル数を正規雇用と同じに指定することで、通常の郵送法等での調査では取得が難しい無業等の集団についても所定のデータが確保でき、雇用形態別に集団ごとの特徴や相違点を深く分析することが可能になる。加えて、インターネット調査会社では、登録時にマーケティングに役立つ学歴、収入(世帯収入、個人収入)、講読新聞・雑誌等の基礎データをモニターから取得しており、調査票の内容とは別に、事前に社会経済的地位を表す基礎データを広範に取得できる利点もある。 |
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(参考文献) ・本多則惠「インターネット調査・モニター調査の特質−モニター型インターネット調査を活用するための課題」労働研究政策・研修機構『日本労働研究雑誌』48(6), 2006, pp.32-41. |
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2.成人学習者の特徴 前述では、セグメントの例として、雇用形態、性別、年代の三つを挙げたが、成人学習の先行研究から、成人学習者のセグメントの基準としてはどのようなものが想定されるかを見てみたい。 米国では、ジョンストーンらが成人対象に実施した先駆的調査以降、学習機会を持つ成人の特徴を明らかにする研究が多くなされており、そこで分析の基準となる属性は、学歴、年齢、収入、人種、婚姻状況、出生地、居住地域、雇用形態、企業規模、職種、従業上の地位、などである。米国の調査結果によれば、成人で学習機会を有する者の傾向は、40歳以下、大学学部卒以上の学歴、平均以上の収入、フルタイム、ホワイトカラー職、既婚か子どもがいる者、郊外居住者(特に西海岸都市部郊外)というものであり、ジョンストーンら以降に行われた同様の調査でも、本質的にはその傾向は変わらないとされる。米国では、成人の学習機会の需給をマーケット・メカニズムが支配するために、自由な学習者とは豊かな中流階級を意味し、学習機会の平等化をはかる公共政策がとられない限り教育格差が拡大することが指摘されてきた。 成人学習者の特徴を把握する際、このような属性による学習活動の分布の偏りとともに、学習活動の誘因となる人口動態や経済状況などの社会変化の検討も重要となる。 たとえば、欧米と比較した日本の生涯学習の特徴としては、専業主婦やパートタイム労働者の女性と高齢者の男性を中心とする教養・趣味・娯楽という非職業的な分野に偏在していること、また、職業的な学習が主に企業内教育を通じて行われ、教育訓練や自己啓発などの学習機会は高学歴の男性で大企業の正規雇用者が享受していることが挙げられてきた。しかし、1980年代以降、女性の労働力率が上昇し、夫婦共に雇用者である「共働き世帯」が増加、1997年以降には男性雇用者と無業の妻からなる世帯数を上回るようになった。また、経済の国際競争の激化から、転職などの労働移動を前提とした制度への移行や非正規雇用の増加などを背景に、終身雇用制に基づいた企業内教育の維持が難しくなり、民間企業における1人当たり教育訓練費は1990年代以降漸減傾向にある。女性や高齢者でも働く者が増え、職業的な学習においても、男性中心で企業主導のものから、男性、女性を問わず、「学び直し」という言葉で表される個人による自己啓発やエンプロイアビリティ形成へと重点がシフトしている。このように、社会変化を考慮に入れた集団ごとの学習機会の分布の偏在を常に確認する作業が必要なのである。 |
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(参考文献) ・Johnstone, J.W.C., and Rivera, R.J., Volunteers for Learning: A Study of the Educational Pursuits of Adults. Aldine, 1965. ・Merriam, S.B.&Baumgartner, L.M., Learning in Adulthood: A Comprehensive Guide, Jossey-Bass, 2020. ・天野郁夫「生涯学習とリカレント教育」市川昭午・潮木守一編『教育学講座21 学習社会への道』 学習研究社, 1979. ・ 市川昭午・連合総合生活開発研究所編『生涯かがやき続けるために』 第一書林, 1996. ・内閣府『男女共同参画白書』平成30年版(第3章「仕事と生活の昭和(ワーク・ライフ・バランス」「I−3−4図 共働き世帯数の推移」参照。) ・「民間企業における教育訓練費の推移」(スライド27)(内閣府「人づくり革命基本構想参考資料」(平成30年6月) |
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3.成人学習者の雇用形態別の支援 次に、雇用形態、性別、年代でセグメントした調査例から、成人学習者の雇用形態別(正規雇用、非正規雇用、無業等)の学習動機、学習障壁、学習支援ニーズについて得られた知見の一部を紹介したい。 正規雇用者の学習動機は、「新しい知識やノウハウ・技術獲得」、「公的資格取得」、「職業上の課題解決のため」との回答が多く、具体的かつ明確な学習目的を有し学習目標が立てやすい内容である。学習支援ニーズは低く、自発的・自律的に学習を行う傾向がある。一方で、学習の障壁としては、「時間がない」、「通える時間に学習できる場所がない」などの回答が多い。支援の例としては、オンラインによる学習機会の充実や長期教育訓練休暇制度など制度的なものが挙げられる。 非正規雇用者の学習動機は、「教養を深めるため」、「今後の人生を有意義にするため」などの曖昧で漠然としたものが多く、具体的な学習目的や目標ではない内容の項目に回答が集中している。また、学習障壁項目は複数回答であるが、その回答数が多い傾向がある。このことから、非正規雇用者は、多岐にわたる学習障壁を有し、学習支援ニーズが高い層であるといえる。特に、学習障壁として、「費用がかかる」との回答率が高く、教育訓練給付制度の拡充とともに、制度そのものに関する情報周知に工夫が必要であることがわかる。また、「相談する人がいない」、「何を学んでよいかわからない」との回答も多く、学習計画への助言や学習環境へのコーディネートを行う専門職人材の充実が望まれる結果である。キャリア設計には学習活動が付随するとされることから、長寿化社会の現在、成人に対する学習相談や支援は、個人のキャリア設計の支援の観点からも重要性が増していると思われる。 無業等の者では、学習障壁として、「学習する自信がない」、「学習が続かない」などの学習継続に対する心理的障壁が多く挙げられ、また、一方で「特になし」との回答も多い。学習障壁に対する「特になし」との回答は、学習支援の必要がないとの単純な解釈が正しいのか、学習意欲がないことの表出なのかが不明である。いずれにしても、この層には、心理カウンセリングに類似したきめ細かな学習相談や学習支援が肝要であると推測される。 このように、雇用形態のみであっても、セグメントした調査結果は、成人の学習機会に対しどのような支援がより適切なのかといった議論の材料や一定の示唆を提供する。 これまで成人の学習活動は個人の自発性や自律性に基づき行われるものであるため、政策の役割は自由な学習者の学習機会の保障、あるいは学習の便宜を図ることに限定され、私事の領域とされてきた。しかし、長寿化の中で、学校や大学などの初期教育を終了した以降の個人の時間は長くなり、米国の例に漏れず、学習する者としない者の差が学習を介して雇用状況や収入、ウェルビーイングなどの社会的格差となっていくことが懸念される。学習機会から疎外される弱者や社会的に不利益を被る者に対しては、社会福祉的観点から教育や訓練に対する積極的支援が必要であり、そのような層を特定し、適切な学習環境を整備するためには、学校教育や大学での学習活動の把握とは異なる調査手法が求められる。そのため、セグメントに基づくインターネット調査は、成人学習者の実態を広く明らかにする際に有益な方法の一つと思われるのである。 |
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(参考文献) ・岩崎久美子「雇用形態別セグメントに基づく成人の学習活動の特徴」日本生涯教育学会『日本生涯教育学会論集』41,2020, pp.13-22. ・市川昭午『生涯教育の理論と構造』 教育開発研究所,1981. |
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