生涯学習研究e事典
 
登録/更新年月日:平成18年9月23日
 
 

公民館の歴史 (こうみんかんのれきし)

history of the Japanese Community Learning Center(Kominkan)
キーワード : 公民館構想公会堂社会教育史公民館の起源
ブストス・ナサリオ(ぶすとす・なさりお)
1.公民館構想の源流(その1)
  
 
 
 
   
 日本における公民館の正式な誕生は昭和21(1946)年であるが、社会教育の歴史をみると、公民館という名称はそれ以前にもあり、また公民館によく似た施設の構想などもあった。公民館は第二次大戦後に生まれた社会教育施設であるとはいえ、戦前にすでにその前史ともいえる歴史があったのである。
 そして、戦後約60年に及ぶあゆみの中で、公民館は社会教育の発展に重要な役割をはたしてきた。その歴史をみずに、今日の公民館を理解することは、とうていできないであろう。公民館の生涯学習的活性化を論ずるといっても、その歴史的背景を知らずしては現実に立脚した提言を行うことはできないにちがいない。
 社会教育史を遡ると公民館構想の源流を探り当てることができるが、筆者が調べた限りでは明治時代の公会堂の構想がそれに当たるように思われる。明治35(1902) 年に井上亀五郎は『農民の社会教育』の中ではじめて公会堂の構想を述べているが、これが日本固有の施設である戦後の公民館の構想に似ているといえよう。
井上は、この著書の中で「農業を改良進歩せしむることの切要なるは論するまでもないことなるがなににしても教育・社会指導である。」(1頁) という。井上は、農民に対する社会教育の使命とは、農民の心性の理想的な育成、農民の習慣・風俗を守ること、農民社会の改良である、と述べている。
 これらの使命の中でも、井上は特に「農民社会の改良」を促進させるために公会堂の設置を提案している。
「農民をして社交的動物たる本能を発揮せしめ社会的感情の調整を図る事あらば彼等の思想界はいよいよ拡充せられ彼等の感情は優美にしてしかも公共的となり彼等の意志は自己に偏在せず事宜によりて働き従いて彼等の生活はますます高尚にいよいよ純潔に赴かん是実に其如此ならしむるために公会堂を設置するの必要あるを見る(130頁)。
 井上はこの著書の「農民社会の改良」という章の中で、戦後の公民館に近い公会堂の構想について述べている。それによると、公会堂は農民の〔公談場〕であり、彼らが談話・討議・演説を行う場である。また〔共同遊戯場〕でもあり、その庭園で角力・撃剣・柔術・体操などが行われる。さらに〔共同宴会場〕でもあり、ここで神聖にして規律ある宴会が開かれて私人宴会の模範にもなる。その上〔展覧会場〕でもあり、高尚なる音楽・舞踊の会場ともなり、幻燈会場にもなる(131頁)。
 
 
 
  参考文献
井上亀五郎『農民の社会教育』明治35(1902)年、金港堂書籍。
 
 
 
 
  



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