生涯学習研究e事典
 
登録/更新年月日:平成20年4月25日
 
 

癒しと生涯学習 (いやしとしょうがいがくしゅう)

healing in lifelong learning
キーワード : 癒し個人化社会化居場所集団学習
西村美東士(にしむらみとし)
1.癒しの定義と背景
  
 
 
 
  【癒しの定義】
 「癒し」は「癒す」の名詞形。「癒す」とは、病気や傷を治したり、苦痛や飢えなどを和らげたりすることを意味するが、今日、「癒し」という場合は、もっぱら心理的な側面に限られている。「傷ついた心を元に戻すこと」ということができる。
【癒しが求められる背景】
 今日の社会においては、個人化、多様化、流動化が進行し、偽装が横行し、格差が拡大している。そのため、教育がこれまで積み上げてきた普遍的な目標や共有すべき価値を、青少年のみならず、多くの人々が疑いの目で見るようになり、生涯学習指導者までもが、これを見失いつつあるといえる。
 ギデンズは、近代市民社会の成立による個人の解放とは別の意味での、新しい「個人化」の進行を指摘し、そこでは、個人が社会的帰属集団などとの関係においてではなく、個人それ自体としてとらえられるようになり、個人それ自体が社会や制度を構成する「制度化された個人主義」に至るとした。そして、個人の自己選択が再帰的に求められるこのような社会について、個人のあり方を根本的な不安にさらすことになると指摘した。
 以上の状況においては、多くの人々が、並べ立てられた徳目を信じて社会の普遍的目標や共有すべき価値を追求することより、とりあえず個人としての「癒し」を得たいと願うことは当然の結果といえる。
【生涯学習研究からの視点】
 現代社会においては、商業的には、グッズや空間による癒しが提供されている。一方、生涯学習研究の視点からは、学習活動やその支援活動のもつ癒し機能が注目される。生涯学習研究においては、現代人の個人としての癒し願望への理解とともに、生涯学習支援理念における癒し機能の提供に関する目標や価値の明確化に努める必要がある。目標や社会的価値を提示しないままでは、責任を持って計画性のある支援を行うことは不可能と考えるからである。
 たとえば、青少年研究においては、青少年の個人化傾向だけでなく、「みんな」(ピア:同輩集団)のための過剰な社会化による「みんなぼっち」傾向が指摘されている(富田英典ら、1999年)。人々のこのような状況にあって、癒し機能の発揮を現代人のニーズに迎合するためのものとしてとらえるだけであれば、生涯学習の一面しか見ていないということになる。
 「癒し」自体は、心の傷を治してたんに「元に戻ること」を意味する。だが、生涯学習活動においては、たとえば「青少年の居場所づくり」(次代を担う青少年について考える有識者会議、平成10(1998)年)が提供する癒しは、青少年の自己形成と青少年による社会形成との一体的促進の基盤となることが期待される。このことから、癒しの提供においても、過去の徳目の蒸し返しとしてではなく、個人化に戸惑い、癒しを求める現代人のニーズに対して適合した形で、新たな目標や追求すべき社会的価値を設定する必要があるといえる。
 
 
 
  参考文献
・Giddens, A., The Third Way: the Renewal of Social Democracy, Polity Press, 1998. 佐和隆光訳『第三の道―効率と公正の新たな同盟』、日本経済新聞社、1999年
・富田英典他『みんなぼっちの世界』、恒星社厚生閣、1999年5月
・西村美東士ホームページ http://mito.vs1.jp
 
 
 
 
  



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