生涯学習研究e事典
 
登録/更新年月日:平成19年3月5日
 
 

静岡県の実践事例:掛川市の生涯学習まちづくりと清見潟大学塾 (しずおかけんのじっせんじれい:かけがわしのしょうがいがくしゅうまちづくりときよみがただいがくじゅく)

キーワード : 生涯学習まちづくり
阿部耕也(あべこうや)
1.掛川市の生涯学習まちづくり
  
 
 
 
  【生涯学習都市宣言】
 静岡県掛川市は、昭和54(1979)年に全国に先駆けて生涯学習都市宣言を行って以来、榛村純一市長のもと平成17(2005)年度までの長期にわたって生涯学習まちづくりを進めてきた。宣言の翌年には全国生涯教育シンポジウムを開催し、米国の姉妹都市にオレゴン生涯学習村を設立(平成元(1989)年)するなど、市の理念や計画を内外にアピールし、他の自治体、大学、研究機関との連携をはかりながらまちづくりを進めるという手法を用いた。
 また、生涯学習まちづくり土地条例を制定し(平成3(1991)年)、行政と市民とが地域の土地利用について検討していく仕組みづくりを試みたり、通常はまちづくりのハードとされる新幹線駅、高速道路インター、天守閣復元−城址公園といった施設建設をも生涯学習まちづくりの一環として位置づけるなど、様々な行政部門を巻き込んだ生涯学習まちづくりを試みた。平成14(2002)年にはスローライフ宣言を行い、生涯教育をSlow Educationと位置づけながら、食や住など生活の変革をも志向したまちづくりを進めてきている。
 人材育成−活用においても特徴がある。生涯学習まちづくりのシステムとして地球掛川学研究所「とはなにか学舎」を設立し、市内の名所・施設を「掛川36景」として教材化、「まち全体をテーマパーク/学びのキャンパスに」という構想のもとに位置づけた。さらにはそれらを歩き、また学びのバスで巡りながら学習することによって、まちづくりのリーダーを育成している。卒業生である「とはなにか学士」は、とはなにか学舎のコーディネーター(教える側への転身)、掛川36景のプランナー、生涯学習メンター(生涯学習リーダー、市民相互学習の推進役)、行政職員への採用などのかたちで積極的に活用されていく。このようにして「まち」を、生涯学習の教室として、教材として、その成果として展開していくわけであるが、ここでは生涯学習とまちづくりとが相互補完的な関係になっている。すなわち、住民の生涯学習を促進するようなまちづくりが展開され、またまちづくりを促進するような生涯学習が展開されている。
【自治体間連携】
 掛川市を事務局として平成11(1999)年に発足した「全国生涯学習市町村協議会」は、設立趣意書によれば「生涯学習まちづくりを総合行政としてとらえ、地域をあげて住民が主役の『生涯学習まちづくり』を推進するとともに、関係機関・団体等と協力しながら、会員相互の連携を深める中で情報交換・政策研究などを行い、新しい時代に向けたよりよいまちづくりを推進するため」設立されたものである。
 ここには掛川のまちづくりの特徴が反映されている。一つは、生涯学習を「総合行政」としてとらえるということである。教育行政のなかの1部門として生涯学習をみるのではなく、自治体が様々な部局をあげて総合的に取り組むべき行政課題として把握し、地域づくりにつなげるという姿勢である。もう一つは、グローバルな視点にたった地域づくりである。まちづくりの課題も可能性も、もちろんその地域の特性に深く根ざしているが、同時に全国の(また世界各地の)「地域」と共通するものもあり、課題解決において連携・協力しあえるはずである。
 掛川市は、以上の「総合行政としての生涯学習」と「地域づくりにおけるグローバルな視点」を軸に生涯学習まちづくりを進め、全国の自治体の生涯学習施策・地域づくりに影響を与えた。
 
 
 
  参考文献
・NIRA・榛村純一共編『社会を変える教育、未来を創る教育』清文社
 
 
 
 
  



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