生涯学習研究e事典
 
登録/更新年月日:平成18年1月27日
 
 

佐藤一斎の生涯学習論 (さとういっさいのしょうがいがくしゅうろん)

キーワード : 『言志四録』学び立志勉励言志晩録第60条岩村町
上寺康司(かみでらこうじ)
1.佐藤一斎のプロフィールと『言志四録』
  
 
 
 
   佐藤一斎(安永元(1772)年〜安政6(1859)年)は,江戸末期の儒学者であり,70歳にしてその時代の公的な学問・教育機関のトップである昌平坂学問所の儒官となり,88歳にて没するまで知力・気力の衰えることなく,同学問所の学問と教育を主宰した人物である。今日において70歳は,一般的には第一線の現役の職業生活からリタイアする年齢である。このことからも,一斎自らが生涯教育,生涯学習の体現者であったといえる。
 一斎の生涯学習論は,彼の名著ともいえる『言志四録』にみられる。一斎の『言志四録』は,『言志録』,『言志後録』,『言志晩録』,『言志耋録』の4冊からなる書であり,全体を通して寸鉄録風の条文形式で記述され,全編で1133条を構成している。『言志録』は,一斎が,42歳のとき(文化10(1813)年)に書き始めて以後11年間にわたって書き記した246条からなるものである。『言志後録』は,一斎が57歳(文政1(1828)年)以後,約10年間にわたって書き記した255条からなるものである。『言志晩録』は,一斎が67歳(天保9(1838)年)から78歳(嘉永2(1849)年)までの約12年間に書き記した292条からなるものである。4冊目の『言志耋録』は,一斎が80歳の時(嘉永4(1851)年)に起稿し,2年間で340条を書き上げたものである。『言志四録』は一斎の40代前半までの自らの人生の経験と学問修養とそれに基づく思索をふまえて書き始め,50代,60代,70代,80代と学問修養と人生経験をさらに深めながら書き記したものである。換言するならば『言志四録』は一斎自身の生涯教育,生涯学習の軌跡である。この『言志四録』は一斎の人間としての学びの修養・工夫からにじみでた随想録,人間としての在り方生き方を指南した人生の書として,時代を越えて多くの人々に読み継がれきた。一斎の『言志四録』の歴史的な影響としては,西郷隆盛を始め多くの明治維新を実現した幕末の志士たちに愛誦されたことがあげられる。特に西郷隆盛は『言志四録』から101条を抜粋,抄録し,絶えず座右に置き,自らの行動の指針とした。今日もなおも多くの人々が理想のリーダー像と認める西郷隆盛の在り方生き方に影響を及ぼしたことは,一斎の『言志四録』に見られる思想の実践性を物語っている。また『武士道』の著作で知られる新渡戸稲造(文久2(1862)年〜昭和8(1933)年)も明治44(1911)年に出版した『修養』の中で,随所に佐藤一斎の『言志四録』を引用している。教育学者では,日本における新教育運動の指導者で全人教育を提唱した小原國芳(明治20(1887)年〜昭和52(1977)年)や戦後の広島大学教育学部の構築に貢献した皇至道(明治32(1899)年〜平成元(1989)年)も教育の根本や生涯学習の根本を言い当てた思想として,『言志四録』を引用している。教育の根本として引用されるのは『言志耋録』第277条の「教へて之れを化するは,化,及び難きなり。化して之れを教ふるは,教,入り易きなり。」である。生涯学習の根本として引用されるのが『言志晩録』第60条「少(わか)くして学べば,則ち壮にして為す有り。壮にして学べば,則ち老ゆとも衰へず。老いて学べば,則ち死すとも朽ちず。」である。
 
 
 
  参考文献
・佐藤一斎著,川上正光全訳注『言志四録(一)言志録』講談社学術文庫,昭和53年。
・岡田武彦監修『佐藤一斎全集』第12巻,明徳出版社,平成5年。
・山崎道夫著『佐藤一斎』(シリーズ陽明学・24),明徳出版社,平成7年。
・上寺康司「佐藤一斎における教育思想の現代的意義〜『言志四録』に焦点をあてて〜」,中国四国教育学会編『教育学研究紀要』第47巻,第一部,平成13年。
・上寺康司「佐藤一斎の『言志四録』にみる「学び」のための心の工夫」,『福岡工業大学研究論集』第37巻2号,平成17年。
 
 
 
 
  



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