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登録/更新年月日:平成18年1月27日
 
 

報徳会 (ほうとくかい)

Hotoku-kai
キーワード : 二宮尊徳・金次郎道徳及経済中央の報徳会地方の斯民会・報徳会報徳思想・報徳仕法
前田寿紀(まえだひさのり)
1.報徳会
   
 
 
 
  【定義】
 明治38(1905)年、「一般風化ノ善導ニ資センカ為メ二宮尊徳先生ノ遺教其他之ニ関聯シタル道徳及経済事項ヲ講究スルヲ以テ目的」(「報徳会則大綱」第二條)に設立された中央の報徳会と、その前後に多数設立された地方の斯民会・報徳会のこと。
【歴史】
 中央の報徳会は、明治39(1906)年4月から機関誌『斯(し)民(みん)』を発行し、休刊等の時期も含め第40編第5号(昭和21(1946)年12月)まで刊行した。明治41(1908)年7月、『斯民』第3編第5号に「地方斯民会設置標準」を掲載し、県、郡、町村自治区単位の地方の斯民会・報徳会を設立しやすくした。中央の報徳会は、『斯民』の奥付等によると、大正元(1912)年頃から「中央報徳会」と称した。
【説明】
 報徳とは、二宮尊徳(天明7(1787)年7月〜安政3(1856)年10月。通称金次郎。「そんとく」は名乗、正式には「たかのり」)が、農村改良・社会改良の為に考えた思想(報徳思想)と、行った活動または活動の方法(報徳仕法(しほう))のことである。報徳は行政、有志の組織、個人等に浸透した。報徳における徳とは、そのもの(人、物)のもてる価値、有用性を意味する。報徳とは、以徳報徳とも表現され、自分の徳を以て徳に報いることを意味する。具体的には、「勤労」(働いて、発財・発穀をし、具体的な価値をつくる)、「分度」(消費に一定の基準を設ける)、「推譲」(もっている徳を自・他に譲る)等を行うことである。報徳の究極の目的は、「萬物の父母」である「天地」(天然・自然の意)への報徳であり、これは周囲への以徳報徳によりなされる。
 報徳を講究して、当時の諸問題に対処しつつ、よりよい道徳や経済の状況を創っていこうとしたのが、報徳会である。中央の報徳会は、1.会議の開催、2.主催・共催の講演会・懇話会等の開催、3.機関誌『斯民』の発行、4.報徳社に関する調査の実施、5.二宮金次郎・尊徳像の製作・販売、6.栢(か)山(やま)詣で、7.図書等の蒐集、図書等の編纂または発行、8.評議員等の諸活動等を行った。
 中央の報徳会の先行研究の多くは、天皇制、(国民)支配、封建制(前近代性)、(以下、天皇制等と略称)の1つまたは複数というあらかじめ作られた一面的な図式・枠を設定し、その中でこれを捉え、性格づけてきた。しかし、近年新しい見解が提出されている。金澤(平成13年)は、報徳会草創期を担った人が研究的態度をもって報徳思想及びその意義を深く理解していたことを指摘している。また、前田(平成16年)は、明治期における『斯民』の報徳に関する記事を分析し、記事は、多くの人が報徳、「推譲」の必然性を認識した上で、問題状況・問題意識で述べた問題等を理解し解決する為に、報徳を活用して、実践の前に必要な精神・態度や、日本国内の個人、日本国内の集団・地方・国家が行う必要のある実践等を教え、日本を「富国安民」「興国安民」に至らしめ、日本に余裕を作った上で外国へも「推譲」をしたりもし、「天地」への報徳に至らしめるような社会づくりの提示・提案をしていた、としている。さらに、提示・提案は、天皇制等では捉えきれない側面である、としている。
 今後、中央の報徳会の『斯民』の発行以外の活動、地方の斯民会・報徳会の活動、等に対する客観的・詳細な研究が必要である。
 
 
 
  参考文献
・石田雄『明治政治思想史研究』未来社、昭和29(1954)年。
・宮地正人『日露戦後政治史の研究』東京大学出版会、昭和48(1973)年。
・前田寿紀「明治期における『(中央)報徳会』に関する基本的資料」、『淑徳大学社会学部研究紀要』第33号、平成11(1999)年。
・金澤史男「解説」、『「斯民」目次総覧<新版>』平成13(2001)年。
・前田寿紀「明治期における『(中央)報徳会』の先行研究の再検討」、国際二宮尊徳思想学会『報徳学』創刊号、平成16(2004)年。
 
 
 
 
   



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